寒い一日です。

古い掛け軸の 修復の様子の写真を アップしました。
古いものでは、400年前の軸もあります。  その間には 2度の修復が施されていて、私で 3度目となりました。
額装と違い、巻いて・おろしてを繰り返すので 痛みがちです。  古いものは捨てて 新しいものを買ったほうが安くつく場合もあるでしょう。    でも、古いものにしか無い良さがあります。

何より、ずっと大事にしてこられた方々の < 思い > があります。

    『 親父が大事にしてたんです。直したいと思います。・・・ところで、これ 何て書いてあるんです?読めないんですよ。 』

なんてお話もたまにあります。   『 そうですねえ。 』  なんて言いながら、読めるかな~って ヒヤヒヤしたり。

たまたま読めて、しかも 佛教の言葉だったりすると その意味合いのお話にまでなり、 < こうなると もういいって・・と言われる位まで 話す話す >  それでも、後で    『 そうですか。・・・親父 この言葉が大事だったんですねえ。 』    なんて言葉に出会うと、ホントに 嬉しくなります。

大事だと思っておられた事が 伝わっていくのに < 掛け軸 > が大きな役割を果たしているんです。

そこにあるだけで 大きな大仕事をしているって いいでしょ。

そこにいるだけで、おられるだけで おおきな大仕事をしておられる・年齢を重ねてこられたご老人で
あったり、赤ん坊であったりの様で。

ところで、・・ 『栗山さん。あなたは何もしなくていいんです。ただ 居てもらえるだけでいいんです。』

なんて、ダメですか?

先日、浅野均氏が自宅に来られました。
数々の賞を受賞されている日本画家で、京都芸大教授でもあります。
以前 氏の作品を軸装にとのご縁を頂いた事もあり、今回は…まあ、それは置いといて。

浅野先生の画は大きなものが多く、4メートルを超える作品も少なくありません。
今年 京都で見た ある作品の前で、声をあげてしまいました。

    『 これは……法蔵菩薩だ 』

巨大な額いっぱいに 圧倒される程の < 岩 > が描かれてあります。
その中に閉じ込められているかの様な 片膝をかかえ座っている黒い人影。
画の上部、わずかに描かれてある岩の上は 明るい草原のような…。

『 画題は確か、<考える人>でしたか? 』   『 すべてのいのちを救い、導く方法を はかりしれない長い間 思惟し続けられたと説かれてあるのが <法蔵菩薩>なんです。』   『 そして 阿弥陀如来となられたんです。』    
『 阿弥陀如来のお姿は、絵に描かれたり 像にあらわされたりしてますが、法蔵菩薩は ほとんど 描かれてないんです。 』   『 描くべきではないって事かも知れませんが・・・。 』 
『 でも、僕にとっては あの作品は正しく <法蔵菩薩>です!  ああ~こういうあらわし方があったかあ・・と思いました。 』

などと、矢継ぎ早に 先生に語ってしまいました。   おはずかしい・・・。

じっと 穏やかに聞いて下さっていた先生と その作品について色々お話し、当たらずとも遠からず かな・・と。
もちろん 先生は < 法蔵菩薩 > との思いで描かれた訳ではないのですが、いいんです。
僕にとっては・・というのが大事で。

観音菩薩のように、冠・首飾り・腕飾りで飾られた姿でなく。  この世界の根元でただひとりで ひたすら ジッと考え思い続けておられる・・私のことを。
 う~ん…いい画です。 はっきり思い出せます。

みなさんも、 機会があり 是非ともこの画にお出遇いできます事を願います。

いや~先生に思いをぶつけられて良かったです。  先生にはご迷惑だったか・・すみません。           

寒くなりました。
昨日は、年末らしい一日を過ごしました。    ご門徒さんにお届けする カレンダー・来年度ご法座案内・挨拶状の発送準備。  そして、障子の張替え。

京都より持ち帰った 業務用障子紙!
ホームセンターによくある < 一般の障子紙より2倍厚い、表具屋さんが使う障子紙 > より 2倍は厚い、しっかりした紙です。   この頃 昔の家とは変わってきて、冷房・暖房・エアコンが使われるので それに耐えうる紙が、日々 開発されているのです。    昔ながらの石州和紙も素晴らしいのですが、扱い易いので こっちを使っています。    すみません。    軸装には ぜ~ったい < 手漉き和紙 > ですよ!

ともあれ、真っ白に張り込まれた 障子はいいもんですねえ。
  気持ちいい。 
きっと、自分が張ったから ウンと気持ちいい。    人間 勝手なもんですねえ。
ひとが張ったもんなら、 < あ~へたくそだな~。 > とか < まだまだ あまいな > とか見てしまうものを
 ホントにうまい!   きれい!  

家族が寝静まってからも 炭火の入った 堀炬燵に入って、杯 片手に ジッと 障子を眺めてます。
      立ち上がって 障子に近付き、なでてみたり。   また座って 見つめて…

誰か見てたら ぜったい アホだな、と思いながらも そんな自分を かわいらしく思いつつ夜はふけてゆきます。

  
   

西蓮寺十七代住職釈知浩

古書画保存修復師

緑に囲まれた山寺

  春 鳥の声、 夏 蝉の声
   秋 虫の声、 冬 雪の声
 
     ようこそ ようこそ 

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