海の絵巻。

辺りの雪をみながら浜田道を走り22日帰山、23日 ご門徒・浜村むつ子さんの満中陰法要。
家族・親族のみなさんの大きな声でのお勤めが印象的なご法事でした。 お歳を召した方も中学生のお孫さんも。

京都ではほとんどありませんが、こちらではお勤め後の会食に住職もご一緒させて頂いております。お招き頂いております。

車で7~8分移動して海のすぐそば 『 はりも荘 』 へ。
玄関ロビーを通り、海を眺めようと窓際に寄ると、面白いものが。  以前からここには画・書・焼き物がギャラリーの様に並んでいるのは知っていました。 かわいらしいお地蔵をモチ―フにしたものが多かったのですが、次第にバラエティー富んできた様子。 来る方をこころからお招きしようとの亭主の力作が並んでいます。

『 ほほ~、これは和紙をロールさせて物語が・・・。 』 右手前のレバーを回すと巻きとられて物語が進みます。 終われば反対に巻きとっておくわけですね。  海を見ながら波音を聞きながら 『 海の物語 』 。 ご亭主のオリジナルでしょう。

わが町内は 《 石州和紙 》 の産地。 その和紙を使った様々なオブジェに溢れるロビー。 通路・部屋にいたるまで飾られています。

和紙を 海を誇りに思い、この町を誇りに思い この町を愛する 方々の熱きオモイを感じました。 

大きな窓一面に広がる日本海を眺めながらの会食。 むつ子さんのお話、農作物とイノシシのお話。 遠くにおられるお子さんのお話、何代も前の昔話・・・・。  和やかな時間が流れていきます。

 

< 搬入 >。

なんとか間に合いました。 9日から14日まで会期・《 第11回 現代日本画の試み展 》、会場画廊への作品搬入。
7日18時ギリギリに持参。 桐箱に納めた 掛け軸9幅は、ひ弱な肩に重く。 京阪・丸太町神宮駅から歩いて10分、寒いのに汗かきながら。

出来上がりを この日初めて見る作家方。  じっくり見るのは後日にして・・と皆して早速 展示、会場造りに。 
どこにどの作品を持ってくるか・・・この横はこちらのほうが・・・高さはこれでいいか・・・証明はこの角度でいいか・・・もっと遠くからあててみるか・・・机はこの角度で並べるか・・・いや、いっそ無いほうがいいか・・・キャプションは・・・。 

わたしは、ボ~と見つめているだけ。 みなさん、展示慣れしているというか何というか、ご自分の作品には殆ど触る事なく このスペース全体の為に動きまわって、思うことを語りまわっておられるのが印象的。 

それでも2時間の時間を要されました。   ほぼ準備万端 ( ほぼ、で万端はおかしいですね )。

テーマ、『 初春 』 という事で御軸以外にも 趣向凝らされたものも。  
ほう、鳥 一色のカルタですか・・えっ、帰ってまだ描く?  そりゃ大変だ。 
おお、この皿画 !< 十牛十図 >からでは?  やっぱり。  そうですかあ、可愛らしいですねえ。
なんと! これ、印 相じゃない? これ こうしたら < 施無畏・与願印 >。  えっ、知ってる?  おぬし、やるな。
えっ、これも出すの? 京都初お披露目? 反応、わたしもドキドキするよお。
やっぱこれ、いいですねえ。 いい。  いいなあ・・・・・

ボ~と見てるだけならもっと早く済んだかも知れません。  ちょこちょこ邪魔していた私です。   すみませんでした。

沢山の方が目にされる事を、皆さんに 色々な出会いがある事を わたしも願っております。 

< 出会い > を < 出遇い > に。

11月29日・30日の両日、兵庫県相生市・教証寺さまにて< 報恩講法要 >のご縁。 
本山に奉職されているご住職には、普段親しく言葉をかけて頂いており、表装仕事でもご縁頂戴しているお寺です。
昨年3月の< 永代経法要 > に続いて二度目のご縁にて、お母さまや坊守さまとは 『 お久しぶりでございます。 お元気でございましたか? 』 とのご挨拶を。

夜座が終わってからの席には、昼間内陣出勤されていたご法中の中のお二人が招かれてありました。  何とも仲良さそうな楽しい方々。
『 今日お話しを一席聞かせて頂きましたが、あの 独特の< 間 >が好きです。 ご自分を持っておられるような・・。 』 
『 いや~そうですかあ? 』   と、褒められ好きの私はホクホク。  すると間髪入れずもう一人の方が、
『 そうか? 褒めすぎやで。 そんな たいした事ないで。 』   『 おいおい。 』  ( 皆大笑 )
お酒はすすみ、話は多岐にわたります。  

『 聞いてますか? お客僧。 ほんまに 布教使はひとの話聞かんなあ。 』 
『 聞いてますよ、聞いてるよ 田中さん。 』  違う名前言ってみました。
『 ほら! 名前も聞いてない。 もう、田中でええから聞いて下さいな。 』   ( 皆爆笑 )

仏法のお話にもなっていくのが嬉しく より楽しく・・・やっと手の空いた坊守さまや お迎えの奥様も入ってきて下さって いよいよ賑やかに。

もう一度・・と言わず、何度でもお会いしたい方ばかりと出会わせて頂きました。 ありがたし。  

和やかなお話を引き出して下さった聴聞 のご門徒さま、きちっとした美しいお勤めであったお内陣、大事な法要を待ちうけて落ち葉一枚無く掃きあげられたお庭・・・。    場面のひとつひとつを思い出しながら、京都を目指しました。    有難うございました。 ( 深く礼 )

《 第11回 現代日本画の試み展 》。

24日に帰京し、明日また27日に島根へ走り帰山。  28日夜には京都へ走ります。  よく走りますねえ。

あいだ2日間だけでも京都にいるには理由が。  そう、表装の作業です。 

ここ数年携わらせて頂いている 《 第11回 現代日本画の試み展 》 。  画家のみなさんの作品を掛軸に表装します。
作品を持参された画家方が来宅。 本人が裂地を選び 寸法にいたるまで決める < 楽しみ > と < 苦しみ > 。
画を描く事で終わるのではなく、作品と共に目に入ってくる表装部分まで考えて ひとつの作品とする。   もちろん、表具師と相談されてきた画家も書家もおられますし、わたしも相談を受けてきましたが、この 《 試み展 》 では 『 そこまで自分で決めなくてはならないか・・。 』 というはど 決めてもらっています。     悩みに悩まれます。    裂地が決まっても横幅分量をかえるだけで 随分 画の印象が変わるんですから。  『 楽しくて 苦しい 』 そうであります。  どう悩んでおられるのかをお聞きすると、それは この画をどういう思いで描かれたのかを お聞きする事になりますので、わたしにとっては 楽しい時間です。

12月9日~14日・京都中京区 art space MEISEI 。  16日~23日・大阪西成区 壽光寺  の二会場 にて。 今回は 「 初春 」 をテーマにした画が並びます。 お正月の床の間・洋間にいかがでしょうか。 

『 初春、のテーマで こう来たか! 』  という画に出会えますよ。 

住職、24歳。

益田市・美濃地、東光寺さまへ報恩講のご縁。

『 若い人がいなくなった・・ 』  『 みんな歳をとって田んぼをする人が減ってきた・・ 』 お斎をよばれながらの総代がお話。  しばらくの間、無住職であったこのお寺。 それでも門徒さま方だけで維持してこられてあったお寺。   このお寺に若い住職が入寺、24歳。  

わたしの従兄の次男。 大谷派寺院に生まれ育ったとはいえ、大きな決断。 市内に就職し兼業しつつ・・・・。

お茶を飲みながら様子を尋ねる私に、『 事の重大さが分からないまま入寺したから 良かったのかも知れません。』 と。
なるほど。

大きな体格で穏やかな口調。 ポツリ ポツリ と色んな事を聞いて来てくれる。  何か答えると、しばらく考えていて 『 ・・・うん。 ・・うん・・・。 』                                     あぁ、 お父さんに似ている。

『 ぼくは、整理・管理能力が欠けているんですよ。 職場の机の上もどんどん積み重なってきて・・見ると、どうしようとおもうんですよ。 』 
『 そう。 ・・じゃ、管理能力のあるパートナーを早く見つける事だな。 』 
『 やっぱり、そこですか。 』  ・・・・・しばし沈黙。

『 だとすると、ぼくは一生このままって事ですよねえ。 整理出来ないまま・・・。 』 

これはこれは。 一本とられましたか。    『 ははは。 じゃ、そのパートナーに毎日ビシビシしごかれるってのは どう? 』 

『  ・・・・そうですねえ・・・。 』  (笑)

その後、本堂から聞こえてくる ビックリするほど元気のいい彼のお勤めの声。 
お世話のご婦人も、ご聴聞のみなさんも、お斎をご一緒した総代さまも なんとも穏やかなお顔。 微笑み顔。

彼に熱いエールを!   ひとごと・よそごと どころでは無いにしても、熱いエールを!  

< おつぼ >。

先日、本堂にてご法事が勤まりました。
長らくお寺に親しんで頂いていた三浦幸枝さん、法座の度のお参りはもちろん 台所お手伝い・草むしりにまで足をお運び頂いたおばあさん。 もう7回会法要。 

3人の娘さんを育て上げられ嫁がせ、晩年普段はおひとりで畑仕事にも精出しながら、お子さん・お孫さんとのふれあいを喜んでおられました。 

当日、山口・岡山・東京からお集まり。 お勤めの後、庫裏にてお食事、昔話に花が咲きます。
『 まあ~山奥だったんで、小学校往復17kmあるいたんですよ。 』    え~! わたしで8km・・とんでもない負けっぷり。
『 あんた、いつだったか ランドセル一杯にマツタケ採って帰った事あったよねえ。 』    え~! おそろしい小学生。

その和やかな食事は仕出し屋さんからのお料理ですが、一品だけ手料理の椀物が。
こちらで < つぼ汁 >  とも < おつぼ > ともいう、報恩講・法事に大変よく出る とろみのある汁物。 里芋・こんにゃく・ニンジン・・・。  ( この写真は昨年の西蓮寺報恩講のもの。お膳向かって左奥が おつぼ です。 )

『 お母さんが法事の度に作ってくれてたこれだけは、わたしが作ってお出ししたくて。 』  と、大きな鍋いっぱいに作って早朝の山口から持参されていました。          そうでした。  3回会の時も持参されていましたねえ。     

『 母のように美味しくはできませんが・・。 』  と仰りながら。   いやいや、込められた思いと共に とてもとても美味しかったですよ。

賑やかに記念撮影をして、お寺をあとにし、住んでおられたお家のすぐそばのお墓参りに皆さんで向われました 。 

明顕寺 遠忌法要。

11月4日、益田市大草・明顕寺さま 『 宗祖親鸞聖人750回遠忌法要 』。
前日当日共に快晴、爽やかな日。 沢山の方のご参拝、賑々しくお勤まりでありました。 

随分以前から、法要の係 ( お手伝い )  を仰せつかっておりましたので、当日までに何度か打ち合わせに伺っておりました。 信頼して下さってあるという光栄な事であります。
10人の法中、6人の奏楽僧侶の控え間・動線等。 そして何より法要勤行の差定 ( 次第 )  打ち合わせ。
ほとんどご当山のご意向とはいえ、係の者として十分に把握しておき 何かの時には機に応じて対処せねば・・・と心しておりました。

お勤め開始15分前位に出勤衣体を着けられた僧侶の方々、並びに笛・鼓を奏す奏楽員の方々を前に 『 差定説明 』 ( どこで音を入れていただくか、どのタイミングで動いていただくか、誰がどうしていただくか、そして座順にいたるまで・・ ) なる正式手順を行うのですが、これが中々に緊迫した空気であります。 むろん皆さま真剣に聞いておられますし、分かりにくい事・言い間違いあらば スルドイお声が帰ってきます。 楽の事を殆ど知らない未熟者が、専門家を前に・・・。   夢にも出てきました ( 苦笑 )

荘厳が整った事を確認し、差定説明も心優しき皆さまのご協力で乗り切り、法要がはじまりました。 

午前は 『 宗祖讃仰作法 』 、午後は 『 宗祖讃仰作法音楽法要 』。  数年前に制定され、ほとんどの法中が慣れておられないのでは・・と少々心配しておりましたが、申し訳ありません、浅心者の心配でした。           導師・明顕寺かおりさんのもと、実に美しいお勤めでした。 

CDで何度も聞きましたし、本願寺の遠忌法要でも耳にしておりましたが、立派であっても何やら( 遠い感 ) がありました。
この日 『 ああ・・こういう美しいお勤めだったんだ・・ 』  とはじめて思えました。

実に実にこころに残る、尊い一日でございました。      ありがとうございました。

そして、大遠忌法要勤修。 誠に おめでとうございました。

 当山 報恩講。

10月29日、当山報恩講法要。
朝は本堂にストーブがいる程の冷えでした。 それでも例年より暖かな報恩講の一日。
ご講師に三隅・浄蓮寺の早川顕之師をお招きいたしました。  『 ひとの声として聞こえる叫び声の念仏は、わたしの頷きの念仏となる 』    『 往相回向・還相回向、信心におさまる 』 ・・・・  いつも通りの穏やかな口調で丁寧にご法話を頂戴いたしました。  悲しい事にわたしの失態。 朝、カメラを総代さんに渡すのを忘れていて、思いだしたのが午後の内陣勤行のあと・・・・ つまり、朝の本堂・台所の様子も 4人でお勤め頂いた朝の勤行も 8人でお勤め頂いた午後の勤行も、写真映像がありません。     かなしい・・。

とはいえ、数日前からお磨き・清掃のお力添え、早朝からマイエプロン・マイ包丁持参での賑々しい台所ご婦人衆、 遠近からのご参詣、お忙しい中 内陣に駈けつけて頂いたご法中、ご講師の先生により、今年も報恩講法要をご一緒させて頂けました事。 有り難く、深く御礼申し上げます。 誠に有難うございました。 

メイキング画像。

島根、報恩講シーズン到来。   昨日23日の周布・専称寺さまでの内陣出勤をかわきりに、明日25日は矢原・安楽寺さまにて内陣出勤。  11月13日まで数か寺出勤させて頂きます。 そのお寺さま方は、西蓮寺報恩講( 10月29日 )にご出勤頂きます。   『 参り合い 』ですね。 互いのお寺の報恩講を大事にして、ご縁を頂きます。

明日、安楽寺さまでのお勤め終わり次第 26日の大阪での布教の為、車を走らせなくてはなりません。 当山報恩講の準備の日が少ない予定にしてしまったので、今日は朝から 『 お内陣荘厳 』。

欄干を外して、普段の卓を移動して拭き上げ掃除して、 年2回しか出さない台を組んで、 左右上下の柄を睨みながら 「 水引・内敷 」 を掛けて、 外した欄干を戻して、お供えをのせる台を飾り、 徐々に整ってまいります。 

ずっと気に掛っていた漆塗り欄干の黒ずみ汚れ。   やっぱり気になり、も一度外して 少々時間をかけて清掃。  『 あぁ、綺麗になった 』 とひとりヨロコビ。 いや~気持ちが良い。  誰に気付かれなくてもイイのです、と言いながらも きっと今晩お参りする時、わたしは 欄干をジッと見つめてお勤めするでしょう。  ははは・・。

庭でも窓でも室内でも思うのですが。
汚れていたらすぐ目にされやすいですが、綺麗にされている事には気がついてもらいにくいですよねえ。
いや、それでいいんですよね。         誰かに誉められる為にするのでなく、わたしのために「 整える 」のですから。

そういえば・・・・・・だれか人が来られる時間をわざわざ見計らって 掃除に汗しておられるお方が おられた様なおられなかった様な・・・。  「 誉めてもらいたい! 」 という人間の欲は中々深いようで・・・おそろしい、おそろしい。  ( 笑 )   いや、我が身をふり返ります。

闇の中へ。

13日午前10時、東山・知恩院近くの浄土宗寺院 『 得浄明院 』 へ。
ここを会場に京都山形県人会のメンバーが 『 いも煮会 』  を企画され、そのお手伝いに。 ( お世話になっている方々が多く、お声をかけて頂いたもので。 ) 

明治27年 (1894 )長野県の善光寺大本願117世 誓圓尼公 ( 伏見宮第3王女 ) が建立、京都別院に。 ( 当時、鉄道路線が整備されていなく、長野までお参りに来れない関西の人、特にご婦人の為に建立を思い立たれたとか。 )          本尊は善光寺と同じく < 一光三尊阿弥陀如来 >。 現在のご住職は、15代将軍・徳川慶喜公の曾孫にあたられる、伏見誓寛尼公。    実に穏やかなお方でした。

今回も材料は全て山形から調達。 里芋・ごぼう・ネギ・山形牛・調味料の醤油・酒にいたるまで山形から運んで来るという念の入れよう。  

客人の 「 京都葵会 」  の方々、県人会の方々のニコヤカな出会いの時間が流れます。  わたしも、新しいお出会いを 沢山頂きました。    何より・・・・・。

この本堂の下( 地下 ) には、長野・善光寺と同じく 《 戒檀巡り 》 の真っ暗闇がありました。

わたしは善光寺に参拝した事がなく、この< 真っ暗闇 > のお話は聞いた事があるだけでした。 が、この度 実際に 誰も居なくなった頃を見計らってひとり 歩いてまいりました。            大きく目を見開いても 足を一歩踏み出すにも恐ろしくて躊躇。   板壁をさわる手とすり足の感覚だけが頼り。     『 なるほど・・・。  地獄の暗闇を経験するとは こういう事か・・・・。 』 

遠くから声。  『 右板壁の腰の高さのあたりに 【鍵】 がありますよ~。   おわかりですか~?   それが、真上のご本尊と繋がっておりますよ~。 』   なるほど。   ありました。   

角を曲がって微かな明かりが目に入ってきた時は・・・。 やれやれ、どれだけこころ安んじた事でしょう。        みんなでワイワイ歩かなくて良かったです。     教えの場でありました。

我がの思いでしか物事を受け止められない暗き わが心の中に、 【光】  が一筋さしこむ という事を・・・・。  
後ろをみても真っ暗。 横をみても真っ暗、上をみても真っ暗で、触るものしか信じられない私にとって  『 大丈夫ですか~。 鍵、ありましたか~。 』  という おじさんの声が  【光】     でした。

普段は非公開寺院ですが、一年の中である期間だけ参拝できるそうです。   ご縁あれば、是非。

アケミちゃん。

11日は京都寓居のあたりのお祭り、御香宮祭りの前夜祭(?)・ 『 花笠 』 の夜。
そういえば・・と思い昨年・一昨年のこの頃の 「 あれこれ 」  を開けてみると同じく祭りの事を書いています。

『 似たような事を書いて 』・・・と思いながらも、この似たような事が出来ている事のありがたさ しみじみ感じます。  パレードが終わると、大人も子供も集まって丸く座し大宴会。 毎年言ってますが、お坊さんである私はパレードから帰って来られるのを待ちながら 大鍋 『 おでん 』 の火焚き。 得意分野。
『 これだけですか? 栗山さんが焚くと灰の量が少ないですねえ。 』   と、あるお方。
それが分かるとは なかなか・・・ 『 おぬし・・出来るな。 』 

毎年 <旬> の仮装 して夜を盛り上げておられる奥さん。  ( 数々のパレード参加の町内あれど、おそらく うちのこの奥さんだけ! )           今年もされるのだろうか?と心配し、 今年は何だろう? と楽しみにしておりました。     元気に登場!  そうです、オカルト映画の・・・じゃ なかった。 あれです。 『 いいじゃないの~。 ダメよ~、ダメ、ダメ。 』 のアケミちゃんです!

沿道の子供たちには おおウケの爆笑であったとか・・・    スゴイぞ、奥さん!

『 海幸・山幸 』。

10月8~10日 島根・西蓮寺。
帰り道、『 晩御飯にどうぞ。 』  と頂いた 「 鯵のタタキ 」 「 塩焼き用 鯵 」 「 鮎 」  ( 七輪にてじっくり炭火焼きに・・なんと贅沢な・・。 )

「 サラダ 」 も作って頂いてありました。  そして 「 酢橘 」 。 訪ねて行ったお家、来て下さったお方からも 色々 頂いた3日間。   「 里芋 」 ・ 「 さつま芋 」 ・ 「 栗 」  「 棒ラーメン 」 ・ 「 梅ジャム 」  「 柚子入りトンカツソース 」 ・ 「 ゴーヤ 」  「 大根のまびき菜 」  「 シソの穂のたき物 」  「 ピーマン 」 ・ 「 茗荷の漬物 」 ・ 「 カブ 」 ・・・・・実に実に。

自然のめぐみ・ひとさまのめぐみ、ありがとうございます! 

一本一本の繊維まで描く。

< 三尊来迎和楽図 > と箱書きされた御軸。
高野山にある国宝< 阿弥陀如来聖聚来迎図 > ( 鎌倉時代 )の部分模写図です。
大変美しい図、京都芸大の日本画保存修復模写の方々が描かれたものを何度か目にした事、表装仕事させていただいた事があります。

どれも大きな画面積、原寸大であるのでしょう、これも縦2m40cm・横1m10cmと 普通の床の間には掛りそうにありません。
かなりの傷みの為、この度修復です。   少々驚いた事が・・。
《 描き表具 》 という言葉をご存知でしょうか? 

廻り を織り上げた裂地で飾るのではなくて、裂地部分も筆で描いたもので飾るというもの。 たとえば、鯉の滝登りの画を 同じ筆致で描いた< 滝 >の画を裏打ちして廻し飾るというもの。    そこまでいかなくても、一文字だけでも筆で描いたものを使うとか。
親鸞聖人 < 鏡の御影 >も、散華された蓮花弁 が描かれた和紙を部分的に使用して軸装されてあったように記憶しています。

この御軸の場合・・。 外側の裂地が実は裂地ではなくて、和紙に裂地風に描かれたものなのです。 ( 赤地の雲文様は裂地です。 あまりヨロシクない・・・失敬 ) 

古裂様に実に細密に描かれてあります。   わざわざ、違う裂地を組み合わせてあるかのように 。  は~~・・ため息で見つめてしまいます。

しかし、惜しい事に何故か ある赤い色だけインク系が使用されていて 裏打ち時に霧吹きで色が散って滲んでいます。
何故だ・・・・・何故なんだ~!   と叫んでしまいます。  この度使用するには、霧吹きして旧裏打ち紙を剥がして新しく裏打ちしなくてはなりません。  そうなると、今以上に滲みが出て目立ってきてしまいます。

残念ながら、ホントに残念ながら・・ご依頼者とご相談のうえ、この度 裂地に替える 事になりました。
強度の事もあり・・・せめて復元織りの良き裂地を。

金襴は使わず時代の重みを感じる ・・・・・  今まで以上に美しい御軸に仕上げます!

 

秋の中国山地。

28日岡山・美作へ。
ご門徒・齊藤冨士子さまの尽七日法要。 享年92歳・・祖父の代から仏法聴聞深く、特に父を大変慕って下さっていたおばさん。
友人・知人にお念仏を 仏法聴聞を勧めておられたお話を、色んな方から聞いておりました。  晩年は美作で暮らしておられましたが、 『 西蓮寺本堂でのご法話、テープで送って貰えませんか・・。 』   とのお声を頂き、父や私のお話をカセットテープに録音して送らせていただいておりました。

ひとつのテープ。 一回聞くだけでなく、何度も何度もお聞きであったと ご家族から伺っておりました。 『 はじめ頃は、ああ また聞いているなあ と思うだけだったんですが、何度も耳にする度 わたしも一緒に座って聞くようになって・・。 』  と、娘さん。
有り難い事です。

思い出話を咲かせつつ、ご法事をご一緒させて頂きました。   『 ご院家さん、わたしも門徒にして下さいね。 』 
もちろんです。    すでに、ずっと同じ道行く ご門徒さまのつもりでした。

終えて一路、鳥取・八頭へ走ります。  表装の相談に立ち寄るお約束をしていたお寺へ。 

はじめて走る< 鳥取道 > 。  作用から鳥取に繋がる高速道、無料なんですね。  秋らしい景色に少々車を止めながら走ります。 

用件はすぐに終わりましたが、ご住職との話が興味深く 2時間以上も居座ってしまいました。
『 泊って呑んで行かれたら・・。』  という、天使のような悪魔のような ご住職と坊守さまのお誘いの言葉。

目を閉じ首を振り、泣きながら京都を目指し走りました。

< 諸仏 >集う、秋彼岸。

9月23日彼岸のお中日、西蓮寺秋彼岸会法座。
ご参詣頂いた沢山の方々と共に爽やかな一日をご一緒させて頂きました。 

おばあさん・お母さんと一緒に親子3代で座ってくれた小学生の女の子。  朝早くから マイエプロン持参でおばあさんと一緒に来てくれて、台所手伝いしてくれた中3の女の子。  平均年齢をグッと下げてくれました。  ようこそ、ようこそ。   
何度か出会っていますが、すれちがう度にニコニコお話してくれる事が 嬉しい限り。  パワーを貰えました。  ちいさなほとけさま。

今回は< 歎異抄 > 第4条・慈悲に聖道門・浄土門のかわりめあり、とのお話を予定し、プリントも準備しておりました。   が、女の子たちの顔を見ているうちにお話の内容が少々変更・・・・・意志の弱い 坊主です。 
( 午後は何とか プリントのお話に・・・。 ) 

昼食後休憩時間、これまた朝から来てくれてお手伝いに本堂・庫裏 を走り回ってくれていた大学生の甥 ( 姉の次男、姉も台所手伝いにきてくれました。 ) と庭を眺めながら一服。 

『 いつだったか、お参りに来てくれて朝から晩まで本堂に座っていてくれた事があったよなあ。 』 
『 3年前のお彼岸だったです。 』 
『 ほ~、もうそんなになるかぁ。  ・・・・あれか。 その時何のお話してたか憶えてるか? 』 
『 憶えてますよ。 < あなたの前にあるのは、壁ではなく 扉です > って言うのと < 待っていてくれているひとがいる所が、帰る所       > ってお話。  あの話聞いて僕ですねえ・・・・・( 略 )・・・・・・・。 』 

『 そう・・・・・・・・・ありがとう・・。 』   ( 合掌 )    

軽い気持ちで何気なく尋ねた私。 自分が話した事を 憶えてくれていた事だけが嬉しかった訳ではありません。
ああそんなお話したかなぁ、と思うほど忘れかけていたお話を彼の口から聞けた事。
彼に法話を聞かせて頂いた思い。   確かに彼のうえに《 はたらき 》 があり、阿弥陀如来のそのはたらきを ほめ讃え言葉にしていてくれるのです。    諸々の仏方が、ほめ讃えられる・・・・・ ありがたし。

『 なになに!? どうしたん、ともひろおじさん。 』   という彼に、合掌。

いい一日を頂戴いたしました。              みなみなさま、ありがとうございました! 

< 和みの日 >の< 初参式 >。

9月15日、本山へ初参式参拝に。
広島から永光寺坊守さま・娘夫婦・孫、神戸から主人妹さん母娘、それに私と家内の総勢8名です。 
生まれてきてくれたいのちを 仏さまの御前で共によろこび、どうか手を合わす子になってくれよと・・・・。

最近毎月15日を< 和みの日 > と制定された本願寺。 初参りや誕生日などの子供の記念奉告参拝の日とされ、事前に申し込んでいれば 御影堂でのお勤め焼香・阿弥陀堂での焼香をゆっくりさせて頂けます。 
子供用念珠 等の記念品も頂戴いたしました。

その後なんと、飛雲閣( 国宝) でのお抹茶接待を受けました。 
降誕会法要の時にはここであるとは聞いていましたが、その日は大人数の順番待ちのはず。  このたび実にゆったり頂き、室内の襖絵も穴があくほど見せていただけました。  お茶を頂きながらお聞きするお話も有り難く拝聴・・・。  

国宝の中に入ってお茶を頂くなんて ・・・ひっくり返したら エライ事だと思いつつも。 
毎月15日の奉告参拝、お勧めいたします。     お誘い下さった永光寺さまに御礼を。

そして19日、その広島・永光寺 さまへ< 彼岸会法要 >のご縁にて。
前日から広島入りして、賑やかになごやかに 実にあたたかくご接待頂きました。 

ご聴聞のみなさまも、若坊守の父と知って下さっているからか ホーム感 漂うまなざしの中、仏縁のお時間を頂戴いたしました。
ご感想のひと言をお聞かせ頂いたご婦人 ・ ズッシリ重そうな小さいお子さんを抱えて座って下さったご婦人 ・ 何度も何度も大笑いの笑顔を見せていただいたおばあさま ・ 終始ムツカシイお顔ながら最後まで耳を傾けて下さっていた男性紳士・・・・・そして寺族のみなみなさま。

ありがとうございました。   

見た目が全てじゃない。

10日11日で島根往復。 修復を終えた本堂内陣の親鸞聖人御影軸を届ける旅。 12日から法要なのでそれまでに、と依頼されていました。
縦7尺4寸・横3尺6寸と、とても大きな御軸。 真向き の聖人絵像です。  これだけ大きな軸を厨子の中に納めるのですから、さぞかし大変な作業であろうと思っていました。  西蓮寺の本堂の厨子に納まっておられる御軸は、この御軸の半分位の大きさですから・・・。
しかも厨子の屋根の高さより、御軸縦寸法のほうが長いのですから 大変な作業どころか手品か魔法を使わないと・・・。



と思っていたら、なんと驚き!     厨子のお扉を開け正面からお掛けするのではないのです。

住職が裏にまわって、厳重に封印されていた厨子背面の板壁を ギギ~ っと開かれました。 
その板壁の最上部に打ってある釘に御軸を掛けられて、また ギギ~っと閉められる。    そして正面にまわってみると、なんと ちょうどいい高さに掛けられた聖人の御影軸が! 

『 ああ・・帰ってこられた・・。 』  と 合掌されるご住職と一緒に手を合わせました。   ご門徒さまもほとんどご存知ないはず、後ろ板壁を開けてお掛けする事・厨子に隠された想像よりはるかに大きな御軸である事。  そしてこの度の修復に際し、費用も抑えられるであろう見えるところだけのコンパクトな大きさに直すのではなく、代々が永くまもってこられた大きさそのものに直された ご住職のおこころを。       

何故 こういう形であるのか・このまま伝えていこうとされるのか・・・・いつかお話されるのはどうでしょう・・ご住職。

豊作を見護る、か。

昨日、滋賀県・八日市あたりを走りながら稲が見事に黄金色に育っているのに驚きました。
あれほど雨が多くて日照時間が少なかったはずなのに・・。   聞けば 『 いや~、今年は出来が良い方ですよ。 』 

島根では、あまり良くないと聞いたところだったので複雑な思いで聞いていました。  西蓮寺の近くでは、お米作りを止めてしまわれて野草一色の旧耕田が実に多くなった事も 思いあわせながら・・・。  ( かく言う西蓮寺も、私が子供の頃までは田んぼしてましたねえ。 ) 

先日、ここ数年恒例の < 大河ドラマ案山子 >  にお目にかかりました。
床並集落の山根文男さんの力作。   今年はもちろん 《 黒田官兵衛 》 。  お城や松明まで添えられていました。 
年々グレードアップしてますねえ、おじさん。  顔も岡田くんに似てますよ。  すでに< 案山子 >の域を脱してます。   ( そういえば何年か前、着物を着た黒髪の長い< お江 >が夜中にライトで照らし出された時、『 出た~!』 と叫んだように憶えています。 ) 

2016年の 《 真田幸村 》 はいいとして、来年の 「 吉田松陰の妹 」は・・・・・・今からご苦労をお察しいたします。

10年後くらいに当番か?

8月28・29日の両日、三隅組講習会に参加。 毎年夏の終わりに開講される100年以上の伝統ある学びの会。
今年の会場は益田・西楽寺さま、講師は国史学の中川洋子師。  講題は 『 真宗と現代 -グローバル化の中で考えるー 』 。

歴史の中の真宗という視点から、資本主義のはじまる西洋近代・帝国の時代・戦後史の諸問題と真宗と 二日間こころあつい講義を頂きました。   今まで学校で学んだり報道映像で見ていた歴史の一点一点が、線にも面にも感じられるお話。   そのお話をされながらも、親鸞聖人に学ぶわたし達に 常に問いを投げかけ続けておられるように受け止めました。 

とある歴史上の人物の話をされた中で 『 何もしない・何も決断しないという選択の決断は、その状態を変化させないという事にはならず、後を 誤った一歩・・数十歩を歩ませてしまう事になる 』  という言葉が 最も残った言葉です。

講義には組内僧侶のみならず、山口・広島からの聴講 門徒さまの聴講。  西楽寺ご住職・川本義昭師の呼びかけでありましょう、多くのみなさまとご一緒させていただきました。 

とても大事な二日間を頂きました。  組内役員・西楽寺ご住職坊守さま・総代さま・ご門徒さま方、ありがとうございました。

『 ひと来たら 蛙になれよ 冷やし瓜 』。

今年も京都居住アパートにて < 地蔵盆 >。  朝から自治会のみなさんが様々に用意された< お楽しみ >に子供達の元気な歓声。
そして午後1時からは、お勤めとお話の時間。

『 さて、みんな。 みんなは ユーレイ って見た事あるかな? 』 
『 ユーレイ? 妖怪の事? 』   ( そうか。 最近は流行っているもののせいで、妖怪の方が解りやすいのか・・・勉強。 )
『 そう。 妖怪やユーレイ。 見た? 見たい? 』 
『 ・・・・見たくな~い・・。 』

暗くならないと見えない< 星空 > 、暗くしないと見えない< 映画館の映画 >のように 暗くなると見える < ユーレイ >。   < ユーレイ >の場合は、辺りが暗くなると見えるわけではありません。    そう、こころが暗くなると見えてしまう < ユーレイ >。 
じゃあ、< こころが暗くなる >って どんな事か・・・・・・。           子供たちの熱い視線を感じます。

『 昔々ある男が、暑い日に瓜を冷やして食べようと・・・・・。 』   たたみ掛ける様に、瓜が蛙になったお話をする頃には ズイズイと近づいてくる子も。   < こころが明るくなる言葉 >のお話までを すべて聞いてくれたみんな。    帰る時には、見送るようについて来る男の子ふたり。 

一緒に座っていて下さったお母さん・お父さん方共々に、ありがとうございました。 とてもいい時間を頂きました。

午後7時からは大人も沢山で < ビアパーティ >。 ( 子供はジュース ですよ。 ) 
普段あまり会わない人たちとも車座になり、気がつけば 10時。        つぎの集いの相談をしながら、 夏の最後の行事・大事な集いが終わりました。                

《 未熟坊主 》。

浜田高校美術部の恩師、加賀羅先生の喜寿のお祝いを 同年OBでするから、記念品を京都で探して求めて帰って来るように・・・と仰せつかったのが数カ月前。

以来、思案しながらギャラリーなどを見て歩いていて、幾つか候補を見つけていました。
手捻りの酒器はどうだろう・・?  銀・・いや、錫のもいいのがある。  そう言えば先生は何を好んで呑まれていたか。
焼酎なら、陶磁器のアレなんかもいいなぁ。

幹事女性に問い合わせると、 『 先生、最近血圧がちょっと・・・・糖のほうもちょっと・・。 』 
はい、却下。

鞄とか・・いや、高級風呂敷などという思い切った・・・・。  悩み続けた末、決めました。
たまに訪れる念珠屋。
お洒落なものが沢山あります。  もうここしかありません。 ここの 《 念珠ブレス 》 。

念珠でもなく腕輪念珠でもなく、《 ブレスレット 》 仕立てで。  先生にお洒落につけて頂きましょう。  茶水晶・ブラックトルマリン・銀細工を繋いだ逸品。   しかし、丸缶に入った姿は 少々小さくて記念品としては 《 見栄え 》 が・・・。  ( 見栄え、大事ですよね。 )

よし、家にアレがあったはずだ。  香が入っていた桐箱 の上下に綿を敷いて 振り金和紙をカットして熨斗紙代わりにして、赤いレーヨンの布で包み赤い紐を十字にかけて・・・・ジャジャ~ん! 
昨夜の会、先生は体調不良で欠席・・・・・・。 

後日、会の様子写真と共に届けてもらうことに・・。

先生が来られないせいではないでしょうが、坊主、酔っぱらって同級生のご婦人方に失礼な数々を しかもエラそうに喋りまくっていた事を 明け方、思い出しました。

高校生に帰っていました。      みなさん、申し訳ない!    反省しています。  未熟者です。

 どしゃ降りの雨の中を。

午前8時半すぎ、雨にて夕方のように暗く。  『 はたして今日はお参りがあるかな・・・。 』 と思いつつ本堂に電灯を灯す。


7月7日、夏法座《 安居会 》。  午前9時あたり、下から降るような猛烈な雨の中、つぎつぎとずぶぬれで本堂の縁に上がって来られる方々。   『 バスタオル出してあげて下さ~い。 』 の声。   ああ、ホントだ。ぼ~と眺めている場合では無かった、よくぞ言ってくださいました。

『 この調子でこんなにヒドイ雨が続くなら、午前中で終わって皆さんには早めにお家に帰ってもらった方が・・・・。 』 
などと、総代さんと話しながらお勤めを始めました。

言葉通り、お足もとの悪い中 沢山のご参詣、誠に有難うございました。

昼食をご一緒する頃には雨も上がり、日差しも。

この度、< 十三仏と中陰七日参り > と < 歎異抄第5条 >をご縁に仏法の一日をご一緒させて頂きました。 『 また、お参りして会おうねえ。 』 と言っておられるのか、ガッチリ手を握りあって帰って行かれる姿。  すっかりいいお天気になりました。

《 はじめまして! 》

新しい< いのち >。  広島に嫁いだ娘が出産しました。
わたしにとっては初孫です。    おじいさんになりました。    「 知じい 」です。( そういえば ちびまるこちゃんのおじいさん < ともぞう >じいさんに似ていると言われた事があります。 誉め言葉かどうかいまだわかりませんが。 )

まずは、永光家のみなさまにお慶び申し上げます。  誠におめでとうございます!   今後ともよろしくお願い申し上げます。

この数週間、京都に帰ってきていた娘。 お蔭で 『 ひとつの身体にふたつの心臓 』 という尊い不可思議な姿を まじまじと見つめ感じる日々を過ごしておりました。
昨日から産院に入り、夜中に広島から駆け付けた主人と眠れない夜をこえた様子。 わたしは朝、家内とともに。 
苦しむ娘の姿も声も近くにいるのが忍びなく ・・・( 薄情者でしょうか・・ )
黙って寄り添い背中をさすり腰を押す主人と、それを受ける娘の姿を見ていて < 夫婦 > なるものを あらためて・・。

この産院では昨日4人、今日2人が生まれていました。  この < いのちの場 > は笑顔で溢れていました。
「 賢くなって 」  でも 「 立派になって 」 でも 「 美人になって 」 でもなく、ましてや 「 早く大きくなって沢山稼いで 」 などという願いの無い、ただ 小さく大きいいのちを見つめるよろこびの笑顔で溢れていました。 

生まれた時を憶えていないわたし達に ネイティブ・アメリカンの古い言葉があります。

《 あなたが生まれた時、あなたは泣いて生まれ まわりは皆んな笑っていた 》 

その通りですねえ。 そうでないと、この人間というはかない いのち は今ここにありえません。
今 ここに生きているという事は願われて生まれた < いのち > である証拠でした。  

どうか、すこやかに! ありがとう。 

《 男に、浄土が開かれた 》。

6月9日、帰山。 裏山の桜も緑を濃くして、本堂の濡れ縁の端は< 山の粉 >と降りこむ雨で自然と一体化。  正しく 苔むす山寺。

7月7日の夏法座 『 安居会法座 』  の案内状制作、今回 写真を入れてカラ―刷りにいたしました。  暑中お見舞いも兼ねての一枚、少しは涼しさを感じて頂けるでしょうか? 
この度 『 あれこれ 』  には物語を。

〇 昔、ある男が十万億土の西の彼方に極楽浄土があると聞き、是非行ってみたいと思った。   海に舟を浮かべ毎日毎日漕ぎに漕いだ。   もう半分は来ただろうと一服していると西から一隻の船。     『もしもし、極楽はもう少しですか?』    『いやぁ、極楽はここから十万億土西と聞いているがなぁ。』    それを聞き愕然としたがもう引き返す訳にはいかない。精魂尽き果てるまで漕ぎに漕いだ。

するとまた一隻の舟。   『極楽の島かげはまだ見えませんか?』   『極楽?ここから西へ十万億土と聞いているが。』
男はガッカリした。帰るに帰れずもう海に身を投げようと思ったが、
せめて最期に故郷を拝んでからにしようと後ろを振り返った。
その時  『あっ!』  何と驚いた事に男の背中に、あれ程求めた極楽がピッタリ
ひっついているではないか。       なんたる事か、舟出の時から自分と極楽は
一体だったのか。      それどころか生まれた時から一体だったにちがいない。
そうすると極楽浄土の中で生まれ、成長し、年老い、そして死んでいく
先も極楽浄土の中ではなかろうか。          男は次から次へと極楽の中で生かさ
れていた自分に気がついた。      嬉しい日も苦しい日もあった。      それは、
極楽の中に極楽の日があり、極楽の中に地獄の日があるようなものでは
なかろうか。      どう転んでも極楽の中、あわてふためく事はない。
なにやら
不思議と爽やかな気分になった。   十万億土の航路は無駄な旅であった。
しかし、この無駄な努力なしでは極楽の中の自分に気がつかなかったのだ。
そう思うと今までの事すべてに感謝の気持ちでいっぱいになった。   男は
いい汗をかきながら、故郷に向ってせっせと舟を漕いだ。

この世界が浄土であるとは、決して言えません。  モガキ・アガキ・逃げ出す私をささえつつ、その姿のありのままを知らせる《 はたらき 》。     その《 はたらき 》は、今いる場所に帰る勇気に。

浄土が開かれたひとには 『 居場所 』 が大きく 開かれます。

《 法統継承式 》 に際して 《 御消息発布式 》。

6月5日午後3時30分、本願寺にて《 御消息発布式 》。 
「 消息 」 とは、お手紙のこと。特に浄土真宗では、さまざまなご縁に際して、歴代の宗主が そのおこころを広く伝えるために出される書簡をいいます。 

昭和52年に法統を継承されて以来、37年にわたり「 門主 」 を務められた即如ご門主。 明日6日《 法統継承式 》により、専如新門さまが第25代門主に就任され、即如ご門主は 「 前門 」 となられます。   それに先立ち今日、御影堂にて 即如ご門主より 『 退任に際しての消息 』 が発布される日でありました。 

娘とふたりで参りました。
多いであろうと予測して2時間前には行きましたが、あの広大な駐車場はほぼ一杯。 危うく入れないところでした。 団体でバスで来られる方もありましたが、このたびはやはり全国からこの2日間のために上山された僧侶が多いように見受けました。 
式のある御影堂はもはや満堂。  隣の阿弥陀堂でさえ縁側にまで溢れる中、何とか後ろの方に座らせてもらい数台用意された映像中継画面を見つめます。

『 御消息 』の内要はまたお伝えする事があるかと思います。 文章で読まれる事もあるかと思います。

わたしはこのご門主に 『 得度 』 のお剃刀を受け僧侶となり、このご門主から 西蓮寺住職を預かる事を受けました。
そのご門主が退任されるにあたってお手紙を出されたわけです。         全国のご門徒にむけて、世界にむけて、そして わたしにむけて。        そのお姿の近くで生のお声を受けたく思っていました、この場に参れて良かったです。 

感謝・思い出などを読まれるなか 『 心残りがあります 』 との言葉が響き残っております。    忘れずにいようと思います。

忘れないといえば、式の後のご門主調声での 行譜 『正信偈 』。     いったいどれだけの人数が・・と思う程 両堂満堂にもかかわらず、皆での一糸乱れぬ大音声。       みなさまのそれぞれのこころ持ちを察しえずとはいえ・・・。

・・・・・・・・ 余談 ですが。   いや、余談でもありませんが。

今日、ご門主が手にされて読まれている御消息の 《 折本 》 。   そう、朱色の唐花小花柄の 《 折本 》。 

わたくし・・クリヤマめが 表装いたしたものでございます。    ご縁、もったいなし ありがたし。   称名

笑顔溢るる 《 降誕会 》。

入道雲の如く湧き上がる若緑に囲まれた 5月21日 当山《 降誕会法座 》。 朝9時半より勤行、後 お話。                  昼食後、お楽しみの会 < 日傘パターゴルフ >。
まづ割り箸くじで玉を選び( レモン・グレープフルーツ・もも・茄子 )  大小の中からいけそうな日傘を吟味して、いざ出陣。      景品の貰える100点80・50・30点の枠を目指すも中々うまくいきません。 ( そりゃそうだ )
しかし、ご安心。  0点無景品でもその場で抽選くじ。 番号の袋に入った何かは貰えます。  正面でみなさんに披露、インタビューを受けます。  ーマとモットーは 『 だれもが主役 』 、普段あまりおしゃべりにならない方にも無理やりマイクをむける坊主。    みなさんのあたたかい笑い声が響く本堂。 そして つぎは< 第1回 住職杯 風船飛ばし大会 > 。 2回があるかどうかしりませんが 第1回。 
飛距離を競うも上へ下へ横へ後ろへ人にもぶつかり縦横無尽の風船、テクニックはいりません おまかせするのみ、と言いながらも。            暫定1位の椅子席と優勝者のみの豪華賞品の説明をすると笑顔の目の奥に鋭い光が・・。

曲がっていた腰も心なしか伸びました。  すばらしい!       そして、優勝者決定。 勝利者インタビュー 『 おめでとうございます、いかがですか この喜びを誰に伝えたいですか? 』      ( 80はこえておられるご婦人 ) 『 ありがとうございます。 わたし、今まで生きてきて一番になった事がないんです。  とっても嬉しいです。 ・・・・ご院家さん。この賞品、ここのみなさんで分けたいんですが どうでしょう? 』      すばらしい!    さすが、西蓮寺お同行。      みなさん、拍手喝采。

しばし考える坊主 ・・・・・ 『 ・・・ダメです! 4人家族のお家にみ~んな持って帰って自慢してください。 みなさんも、やんさい・やんさいって言うたらいけんよ! 』    大笑いの拍手喝采!

ホント み~んな、いいひと。
MCがんばり ( はしゃぎすぎ ) 声の枯れた坊主、もう一席お話をご一緒して 降誕会法座無事勤まり終わりました。 ご参拝、ありがとうございました。

《 正福寺 》。

18日、滋賀・正福寺さま 降誕会法要のご縁。 昨年・一昨年の報恩講に続き3回目のご縁、いつもあたたかくお迎え頂いております。   本堂には実に沢山のご参拝。                      聖人のご誕生日に合わせた慶びの法要、共々に仏法聴聞する事で聖人をお祝いいたします。

昼座・2時と夜座7時30分の間にしっかりと空き時間、珈琲を頂きながら坊守さまと四方山話。 《 花まつり 》の白像を手作りされたご苦労話。 『 ご覧になります? 』  『 行きましょう、行きましょう。 』  ・・・すごい。 想像以上の大きさに驚くほどの完成度。    う~ん、近くだったら貸して頂きたい・・。

お寺で皆さんと楽しい事をしてその笑顔が嬉しく、何をしようか考えるのが又楽しいと仰います。   『 住職杯の大会もするんですよ、< カロム >ってご存知ですか? 』  『 いいえ。 』             彦根発祥の< おはじき >と< ビリヤード >を合わせたような盤ゲーム。       出して来ていただきルールを聞いているうちに二人で戦いが始まりました。   初心者、勝ちました。 いや、勝ちを譲っていただきました。 大人ですねえ。     よろこぶ私は子供です。

『 レモンやジャガイモを玉にして傘でゴルフを、まっすぐ転ばなくて・・・・。』            『 笛音の鳴る風船で誰が遠くまで飛ばすか、これまたあっちこっちにピューピュー・・・。 』

実に色々考案されています、賑やかな声が聞こえてきます。

21日の西蓮寺降誕会にむけて19日に中国道を走りながらそのお話を思い出していました。     ・・・・・・ 『 よし、やろう! 』               ここ数年、《 降誕会恒例大あてもの大会 》を昼食後休憩に開催しておりますが、今回はグレードアップして時間も延長してゲームと組み合わせてやってみようかと。

『 浜田に着いたらあそこでアレ買って、アレはお寺にあるから、アレはあれで・・・。 よし、やろう。 』       いいなあ、と思った事はやってみないといけません。               やります。    いいお話、ありがとうございました。       後はわたしのMC力、いかに楽しく廻せるか。                  明日、ガンバリます!

そうそう、飛び出て来てくれて重い鞄を運んでくれたり おしぼり運んでくれたり 楽しいお話聞かせてくれたりした< ミサキちゃん >。   ステキなストラップ、ありがとう! 

バッチ・グーの手。

1949年、奈良・法隆寺金堂炎上。  その壁面東西南北いっぱいに描かれていた7世紀の壁画が消失してしまいました。      仏の世界を言葉でなく、画で表わそうと全ての面を描き尽くしてあった堂内。 その中にひとり身をおけば如何なる感情が湧きあがっていたでしょう。

消失前の資料を元に多くの画家・絵師がその美しさを 《 模写 》 しておられます。 1000年以上経った昭和の時に残っていたその時の姿を、剥落しているところはそのままに。      これは6号壁・阿弥陀浄土図の部分< 阿弥陀如来 >。 縦150cm横100cmと大きな画面。
この両脇には観音・勢至両菩薩、上部には天蓋、下部には多くの菩薩方が描かれていた面の一部。

寸分狂わさず白描からおこし顔料を吟味し、絵筆を持っては 元を描いたひとがかけた時間より遥かに長い時間が必要とされたでありましょう。     日本画の中でも《 模写 》を専門に学んだ知人友人は多く、制作にあたっての色々な話を聞かせてもらっております。        『 出会った事の無い、自分より遥かに腕のいい元を描いた絵師との勝負ですよ。 』  と語ったヤツもいました。    『 なぜこの線で描くのか?何を意図してここを?・・模写は、描いた作家との時間を越えた対話です。 』  と語った方もいました。  どの方も模写作品でなく自身のオリジナル?の画は素晴らしいです。

蓄積された経験・技術・思索の裏打ちあっての事でしょうが、それを前に出しては感じさせない画。  画家に限らず、経験なり手柄を 《 振って振って振りまわす 》 モノの多きこの世間。  ( わが身を入れて )

どこ吹く風と、 なんとも頭が下がる画に遇う事があります。  

3匹のサル、現わる。

4月29日、隣寺・常福寺さまの永代経法要へお参り、内陣出勤。 境内にて < 3匹のサル > に迎えられました。
ご住職の依頼にて< チェーンソー・アート > のお方に彫って頂いたと。

『 見ざる・聞かざる・言わざる 』 ならぬ、《 見るサル・聞くサル・言うサル 》。 
何も見ない何も聞かない何も言わない、こころ閉ざし自分を縛りあげて作った殻に閉じこもる事なく。

ご住職によれば、見るサルは< 観察 > =ありのままをよく見つめる。
聞くサルは< 聞法 > =教えを素直に聞く。
言うサルは< 称名 > =この声で ナマンダ―!  と。 

試作品で< 言うサル > は隣のひとに伝える如く小さい声出しの印象だったのが心外で、ヒジを張り大声叫ぶ姿にやり直して頂かれたとか。   なるほど。

眺めていて、もう一匹の< サル > を思いつきました。

さて、< 何サル > でしょう?   あなたなら 何サル を? 

ラーメン修行僧・2。

この間書き込んだ《 ラーメン修行僧 》。
『 少々話しかけるとも・・・ 』 の、少々の話とは何か? という反響が多いので、補足を。

『 このスープの出汁は何でしたっけ? 』  食べすすめながら店主に聞く娘。
『 ・・・・エソです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・蒲鉾の材料に使われる事が多い魚です・・・・。 』  店主。
『 ああ、そうだ。 ありますねえ、書いてある。 そおかぁ、あれかぁ。 島根出身なんで蒲鉾は。。。 』  語る私。
『 ( 穏やかに微笑み、むこうに行く店主 ) 』  

何だ、あの白鳳時代の仏像のような微笑みは・・・・。

後ろの陳列棚に目をやる。  数種類の出汁用魚の横に< 能登の塩 >、 そうか 塩は能登産で。
醤油は何処のだ? 醤油には少々興味があるぞ私は。  ん?島根! 仁多!

何と、ここで島根産に出会うとは! この、いかにも全てに拘りぬいて来た彼が選んだのが< 島根 >の醤油とは。 

『 あれ?! 島根産の醤油を使っておられるんですねえ。 わたし、島根出身なんですよ。 』  さっきも言ったぞ。
『 ・・・・・そこのに お世話になっています。 』  店主。

お世話になっています! なんと。  普通なら、< 使っているんです > とか味がどうとか言いそうなところを
< お世話になっています > 。  そう言った後は微かに微笑んで下を向いて麺を手に。  さすが、修行僧。
30歳代 にしか見えないのに、あんたは 高倉健さんか!と 下世話につっこんでしまいたくなるのを 抑えるわたし。

まあ、これだけの事でした。  こんなところで許して下さい。

わたし・・不器用なヤツ ですから・・・。

温かい< ウド >。

4月27日、益田市美都町・妙蓮寺さま、永代経法要のご縁。 
《 美都温泉 》 のある静かな里。  本堂堂宇の立派な彫り物、  屋根上高く乗せてあった400年前の材木そのままに下ろし移築された梵鐘堂。  深みのある院内にてのはじめてのご縁でした。 組内であるのでご住職・坊守さま・若院さまには普段から色々お世話になり、お顔親しきお方々ではあります。  休憩中 『 どっちを飲まれます? 』 とご住職が運んでこられたのは、珈琲と< 生たまご入り・ゆずっこ > ( ゆずっこ=美都町名産ゆず果汁飲料 )。

『 えっ、生たまごですか? ・・・オロナミンCに生たまごみたいな? 』 
『 そう。 元気がでるよ。 』 
『 ・・・では、それを。 』   想像していた味とは違い、< フル―チェ >味に近く 爽やかな味わい。
『 あれっ? 美味しい。 』  と失礼な事を言ってしまいました。

なごやかに法要が勤まり、控室で帰り支度をしているところへお出で下さったご門徒のおじいさん。
『 これを。 』  と言葉少なに手渡して下さったのは、山菜・< ウド >。

お礼を言いつつ手にした< ウド > はあたたかく。
法要聴聞中ずっと大事に持っていて下さったであろう人肌の温もりが。  いつ渡そうかと、ずっと持っていて下さったんですね・・・。 

笑顔でお顔を見せに訪ねてくださったお方もありました。  皆々様、あたたかなご法縁の一日、ありがとうございました!

ラーメン修行僧。

《 一人一光 》。 どなたであれ真摯に丁寧に生きているひとには、誰かに語るべき大事な話( 教え )が必ずひとつはある、と。

先日、『 出産したらしばらく行けなくなるから行っておいた方が良いと言われた。 』 という娘に誘われて久々にラーメン屋なるものに。   どうせなら少々足をのばしてと、京都も北の方 白川通りあたりへ。

『 ここか? これ ラーメン屋か?』   『 地図からするとここしかない・・。』  『 ほんとか?』
看板もない、のれんにも何にも書いてない・・・おや、申し訳程度に小さく 《 一三〇 》 。
《 伊佐夫 》 のはずだが、ロゴがかわったのか。 

ラーメン屋なら 『 へい、らっしゃい! 何名様?! 』 と威勢良く迎えられそうなのに違う。
カウンター10席ばかりの喫茶店の様な明るい店内、 数名の客にラーメンを作っている細身のふつうの家着風の若い店主がチラリとこちらを見て 『 いらっしゃい。 』・・・・消え入りそうな声。      大丈夫か。 

店内には様々な干し魚。   そう、魚貝スープの店。  娘は< 羅臼昆布と帆立  >、わたしは本日のスープ< エソ >を。     かなりの時間待つ。    来ました。    飲みました。 

『 う・・・うまい。 』  顔を見合うふたり。  黙って互いのを貰い合う。    『 う・・・・うまい。 』

随分と研究されたのであろう事が十分うかがえる 。  極々あっさり、実に繊細な上品な味。

静かに次のひとのものを作る髭をたくわえた店主は、どこか修行僧にも見えてくる。  ひたすら道を求め、味を求めて来られたのであろう。   そのため どこか 身体も壊しながら・・( 個人の感想です ) 

少々話しかけてみるが、穏やかに振り向かれるだけでほとんど話されない。
何かスゴイ話、語るべき教えを 持っておられそうなのに・・・それを引き出す器量がこちらに無いのが口惜しい。

仏法は鐘と一緒で、大きく叩けば大きく響く。小さく叩けば小さく響く。     《 問う者 》 が問われる、と。

今度行く機会があるかどうか。  大きく叩いて話を聞きたいひとであった。

80歳の青年。

4月21・22日 益田・西楽寺さま 永代経法要のご縁。
ご住職は、父の代から西蓮寺へ講師として何度も お出で頂いている川本義昭師。   珈琲がお好きで、朝も間休憩もお昼食後も午後休憩も、おたて頂いた珈琲をふたりして。

それに先だってまず抹茶を点てて頂いた ご門徒のおばあさん、88歳。 おばあさん、とお呼びしていいかどうかと思うほど< シャキッ >としたご婦人。  未だ色々な会のお世話役員を・・・・年取ってから詩吟を習い始めました・・・そうするうち、漢詩に興味が出てきて 五言・七言の詩を作っております ( お見せ頂きました )・・・・午後は別の会合がありまして失礼いたします・・・・。 

何ともお元気、お顔が生き生きと輝いておられます。 
『 20歳の老人もいれば、80歳の青年もいる 』    という言葉を思い出しました。

何でも知っている、興味がない、関係ない、どうでもいい、どうせ・・・としか思えない人はたとえ20歳でも、それは< 老人 >と言う。 80歳であっても、新しく出会う事や人に< こころワクワク >して吸収し続ける人を名付けて< 青年 >と言う。        何歳かという事は 問題ではない、と。

二日間にわたり、ご住職・坊守さまはじめ色々なお方がたとお話させて頂きました。 

沢山のお出遇い、ありがとうございました! 

春、永代経法要。

4月8日・周囲は既に盛りは過ぎて色が変わる中、裏山の西蓮寺桜は満開の日 《 永代経法要 》 勤修。

ご講師は、神戸・光源寺・宮里俊哲師。 師とのお出会いは平成元年、もう25年も前になります。
京都・本願寺・伝道院での< 住職課程 > にて、67日間 寝食を共にして仏法を学び合った仲。 以来、親しく楽しくお付き合い頂き 未だ 時として熱く語り合う法友でもあります。 

久々にゆっくり師のお話を聞かせてもらえる事を楽しみにお迎えいたしました。
前日に浜田駅まで迎えに行き40kmばかりを車で走り、次第に家無き山道をくねくねと・・・。
お寺に着き、裏山続きの庭を眺めながら縁側で番茶を一杯。

『 時間の流れ方が違うなあ。 』   『 もう、気付かれましたか? そうなんですよ。 』
『 あれだなあ・・このバックボーンを見て、栗山くんがどうしてこういう人間になったかが分かったわ。 』 
『 ええ意味で、でしょ? 』      『 そら、そうや。 』

当日、朝から丁寧なお話を頂戴いたしました。 午後最後の席には台所お手伝いの方々も本堂にお座り頂きご一緒に聴聞を。  『 温かいお人柄が伝わる 』  『 わたしたちに解りやすい様にお話して下さる 』 との声が聞こえて参りました。

足・腰・目に難義なものを抱えながらも 早朝からエプロン・包丁持参で台所のお手伝い頂いた方々、 数日前から内陣真鍮仏具お磨き・清掃に来て頂いた方々、野菜を届けて下さった方々、「みなさんの一品に」とお料理物を持って来て下さった方々、 「これはご家族の晩御飯に」と逸品を持参下さった方、奮闘する老母・家内・久々に帰山した息子、花を持って来てソッとアチコチに飾っていて下さった方、 翌日赤穂での布教の為 法要終了後すぐに発たれたご講師、そして本堂にお座り頂き 共々にお勤め・聴聞し如来・諸仏を讃えて下さった< 諸仏 >のみなさま方・・・・・・・

みなみなさまのお蔭さまを持ちまして、法要をお勤めさせて頂いた事でございます。
ありがとうございました!

《 漫画家による仏の世界展 》。

予定には無かったのですが、朝刊の記事を見て急遽「 東寺 」( 真言宗・教王護国寺 )へ。
《 漫画家による 仏の世界展 》  

50人の漫画家が描く独自のタッチの仏の世界・・・知っている方々の画が大きなお堂の中に。
本宮ひろ志・池上遼一・江口寿史・里中満智子・ジョージ秋山・ビッグ錠・ちばてつや・植田まさし・いがらしゆみこ・小島功・寺沢武一・さいとう たかを・・・・・・・・今まで読んだそれぞれの作品が頭に蘇りながら、『 いったい、この方は仏をどう描かれるんだろう? 』・・・・と。      でしょ?

実に興味深い企画展です。 コメントが添えられてあるのを丁寧に読みながら、なるほど・・と思わされる画の数々。
図録を求めましたので紹介したいところですが、無断転載禁止!とあるので 口惜しいですが・・。

< ほんとうの仏のすがた > はこうである。 と言うものは無いという事は、以前から何度もここで書いていますが、正にその通り。   今回、ゴリラの菩薩も 掃除道具を持った方も 悩ましいお姿もありますが、どれも真剣に思いを巡らせて描かれたものばかり。

一番好きなのですか?   そうですねえ・・ 『 20世紀少年 』の作家・浦沢直樹氏の 《 わらし地蔵 》ですかねえ。 コメント含みで。             コメントでは、ウノ カマキリ氏の 《 あやとり観音 》の前で随分思いを巡らせて頂きました。    ( 余談 ; 井上君の画をここに並べたかったですよ。  井上君。 )

4月6日まで開催、その後は東京から各地へ巡回とのことです。 

図録、西蓮寺本堂に置いておきます。   明日、忘れず 持ち帰ります。

遠方より来る。

高校野球、龍谷大平安高校が決勝進出。
父がいたら、さぞかし喜んでいたでしょう。  ・・・さぞかし。
平安中学出身( 現平安高校 ) の父は生前中、甲子園出場の度やってくる寄付金依頼に応えていたらしく、御礼の記念品《 HEIAN 》の手ぬぐい・団扇・扇子等を家の中でよく見かけていました。
大判のタオルが来た時など 『 お金も無いのに、いったい幾ら寄付したの! 』 と母に叱られていましたっけ。
テレビでの試合には手を叩いて応援し、喜んでいました。 

その平安中学時代の同級生のご家族が明後日、西蓮寺を訪ねて来られるとの連絡を受けました。
故・盧盛源氏の奥様と息子さんとお孫さん。 

京都の平安中学の寮 に入っていた父、夏休みになると皆が帰省していく中、ひとり帰らず寮に残るという青年・盧盛源くん。 聞けば、故郷は台湾なので帰らない・・・帰れないと。 ( 戦中か戦後か定かでありませんが )

可哀想に思って、 『 島根のうちに一緒に帰るか? 』  と、声をかけた父。

後々、兄弟会での思い出話に、叔母たちが言っていました 『 家族・兄弟が多いし貧乏で食べるものも少ないのに、友達連れて帰ってくるからビックリした。 』  と。     ・・・『 そう言うけどなあ、たったひとりで残るんぞ。 情けなさそうで、可哀想で見ておれんかった。 』 と、父。

それから 、日台間で事業をされるようになった氏は 『 あの時の事が忘れられない。 』 と毎年年末にびっくりするくらいの贈り物を届け続けて下さっていました。 晩年には父や叔父叔母を台湾まで招待して下さったとも聞いています。

『 昔々のあれくらいの事でなあ・・・恩深い男だ・・。』 と言っていた父も亡くなり、氏もお亡くなりになりました。

氏は、『 お互いの息子たちを 是非、会わせておきたいものだ。 』 と仰っていたそうです。
だからであるかどうか定かではありませんが、明後日初めてお目にかかります。     山寺へおいで頂く事、嬉しく思います。      一晩泊って頂けるそうです。
わたしにとっても、父が随分喜ばせて頂いたご家族です。  ご接待する事を楽しみに 京都から車を走らせます。

坊主の少々の手料理もガンバってみましょう!  料理、お助け下さる方もあるそうですし・・。
お酒、呑める方々だったらいいなあ・・・。

《 縁ありて 花ひらき、 恩ありて 実を結ぶ 》

遠くに鶯の声。

3月21日・西蓮寺 彼岸会法座。
暑くもなく寒くもなく 、経典に説かれてある浄土( 彼の岸 )の如き頃・・・とは言いながら、早朝には霰に驚かされる寒い日となりました。    山の上の方はなおの事、浜田道・旭~千代田間は冬用タイヤ規制が。 ほとんどの方が「 もう、大丈夫だろう 」とノーマルタイヤに履き替えられていたはず。  折角の連休休日に困られた方が多いであろうと。

その寒い日の寒い山寺に朝からお参り頂き、共々に仏法の一日を頂きました。  ストーブに火鉢。 温かい火がご馳走です。   この度用意した、ちょっとショッキングな 『 九相図 』 の画資料をお配りして、お話をはじめます。

『 < 生きている > と< 生きていく >はちがう 』 との言葉に思う事を お話させていただきました。 
さてさて、わたくし自身。 まだまだ学ばせて頂かなくてはいけない、と思わせて頂いた春・彼岸。
で、ありました。 

ご参詣、誠にありがとうございました。

気仙沼からのお便り。

ご縁というのは不思議なもので・・と知ってはいましたが、まことに「 つながり 」は 思議を超えるものです。
以前読んだ文章中の方と出遇う事など、想像もしません。

3月11日、あの東北大震災から3年経って 今日15日。 宮城県気仙沼のお方からお便りを頂きました。
『 菅原文子さん 』。 あの日、手を繋いでいたご主人を津波がさらい行方不明、 居間におられたご主人のご両親も亡くなられました。     あまりの喪失感にただ茫然の日々を過ごされる中、自分にはこれしかないと立ち上がり、ふたりの息子さんと共に一か月半後には家業の酒屋の仮店舗を再開。     地酒に手書きで 《 負げねえぞ気仙沼 》 のラベルを貼り地元で奮闘。     そんな中 2011年夏、京都の和洋紙販売会社「 柿本商事 」が企画した手紙コンクール『 恋文大賞 』への応募を知人に勧められ、行方不明のご主人へラブレターを書き応募・・・・大賞を受賞。

そのお手紙を読んで感動された竹尾女史( 本願寺浄書にて以前からお世話になっている私 )が、承諾を得て このお手紙を墨書してグループ展に出品。( この裏打ち表装を頼まれ、大変大きくて 島根の本堂で作業した事を思い出します )       それを見て喜ばれた菅原さんが、竹尾さんに 『 玄関に飾りたい言葉があるので、是非 書いて頂きたい。 出来れば軸装にして頂きたい。 』 と。

そのご相談を受け、竹尾さんと一緒に裂地選び・寸法決めをして、表装させて頂きました。  
その文言、《 縁ありて花ひらき 恩ありて実を結ぶ 》。 
明るく、華やかな花柄にして欲しいとのご依頼があったと聞いています。

その掛軸が手元に届いたとの御礼状と共に、宮城の地酒が今日届けられた訳です。   過ぎたる品、恐縮です。
菅原さんも達筆です。     悲しみとともに 多くの縁あった方々への感謝の言葉。

ご主人。  一年三カ月経って帰ってこられたそうです。
最後に撤去されたガレキの下で衣服もそのままで、本人と判別出来るお姿で。   奇跡的と言われたそうです。

『 一年三カ月・・わたし達が朝に晩に毎日通る道のすぐ脇の建物の中。  家族と会うためにジーッと頑張っていてくれたと思うと・・・(中略)・・・これからは安心して泣き、安心して手を合わすことができます。
心おきなく生きてゆけます。 』   
お世話になられた真宗僧侶の方へのお手紙。 少し前読ませて頂いた文章中に。

いまだ行方不明の方 多く、以前の自分にたちかえる事の出来ない方 多くおられる事と・・・。

願わくば。  ご縁・・つながり 。  

多くの人、あらゆる人・ものと繋がり支えられてあるという事は、同時に あらゆる人・ものを支えてあるという事。歩む足に。        『 ひとは 独りではあり得ない 』 と、あゆむ足に。

 

高僧方、帰って来られる。

350年程前、本願寺から受けて お寺の内陣に掛け続けられてあった 《 七高僧 》軸。
この度修復にあたり、『 あまりに画が荒れているので このままでは申し訳ない。せめてお顔だけでも・・。。 』とのご相談で、補彩して頂く事になりました。

どなたにお願いしようかと思案しましたが、お忙しくて断られるのを覚悟して、文化財保存修復にも深く携わってこられた《 松浦直子 》( 現・京都精華大学日本画教授 )女史にお願いしたところ、快く受けて頂けました。

資料をお渡しして、どこまで筆を入れて頂くかご相談し・・・・・・・はたして、帰って来られました。 自宅工房までご持参頂きました。       あれほど傷んでおられたお顔、どうなっておられるか・・・・・?

お顔がほとんど剥落していた法然上人が・・・。 こう戻って来られました。・・・おお、上人・・。

善導大師も蘇られました。 

龍樹菩薩など大変な事になっておられました。 それがなんと、  なんと・・・なんと! 涙が出てきそうです。

衣体・衣装まで直し始めたらきりがないですし( 費用も際限なくかかる事ですし ) この度は、お顔と手・胸などの肌部分のみの補彩修復をお願い致しました。 ( それでも、あちこち黙って筆を入れて頂いていますねえ。 すみません。  )      さすがです!  見事です!  プロフェッショナルに誉め言葉は失礼なのでしょうが、見事です。  線の繊細さ、色合いの上品さ・・・。  真新しくするのでなく、年代の重みをもたせ 調和させ・・。        う~ん・・見つめ続けてしまいます。    きっと、大喜びして頂けます。

さて、ここからは又 わたしの仕事です。  

仕事する手も、こころも 踊ります。   ありがとうございました!

自然叔父。

8日、益田・専教寺 ( 真宗大谷派 )。
26年前 50過ぎで還浄した叔父、そして今年 97歳で還浄された義母さまの法事。

導師部屋 床の間には、曽我量深師の書が掛けられてありました。

《 自然 》 と書いて( じねん )と、仏教読みする素敵な名前の叔父。
色々な職業につき、身体も壊し、苦労を重ねたとの話を父から聞いておりました。

晩年は、兄である私の父を誘い車に乗せ、松江や広島の勉強会に連れて行ってくれていました。 その事を喜んで 話す父の姿を思い出します。           その、近くの寺院に養子に入り住職となっていた弟が亡くなった後、『 朝、本堂でお勤めしていても、何もかもが 空しく思えてどうしようもなかった・・・。 』 と言っていました。
近くに居てくれて自分の為に心強い というより、何れ 帰ってくるであろう私の力になってくれると思ってくれていた様子。 その分 余計に力を落としていたのかと・・・・。


そして、何といっても この自然叔父。  とんでもなく お酒好きで、しかも とんでもなく 強かった!
数々の伝説が残っています。    あの頃は20過ぎの私・・・今でしたら少しはお相手出来そうに思いますが、残念です。         心意気だけは後継ぎさせてもらいます!           勉学も・・・。

昼ご飯ぬき。

3日、姫路・兵庫県立武道館。
《 全日本テコンドー選手権大会 》 ( 17回 アジア競技大会<2014・韓国仁川>代表選手選考評価会 )。

出場者は、今年度の西日本大会・東日本大会・学生選手権、そして前年度・前々年度の全国大会 各大会の上位3位が集う大会。   西日本大会優勝の息子の応援にと。

全精力をつぎ込んでいた様に見受ける彼の大事な日でありますので 朝一番から陣取るつもりでしたが 、大阪での急なお参り事を勤め終え 駆け付けた2時前には試合は進み、ちょうど準決勝の試合の最中でした。

どうなっているか全く分からず車を走らせた訳ですが、まあ、勝ち進んでいてくれて良かったです。 敗退していたら一試合も目にする事なく 『 残念だったな 』 と言う為だけに往復200kmですから。   ・・・まあ、それも いいですが。             広い会場に入り、何処にいるかと アリーナ・コートを何となく見渡していて 『 ん?』

『 んん!? もしや・・。』      親子とはエライもんです。  遠くで試合している小さな姿、ヘッドギアと皆同じ道着をしている中、その動きで息子を見つけてしまいました。   島を埋める何万羽の中、はるか上空から我が子を見つけて餌を運ぶ鳥の話を思い出してしまいました。   ・・・・あるんでしょうねえ。 

その試合には勝利しましたが、決勝戦 残念ながら敗退。 準優勝となりました。
優勝者・山下大貴 さん、27歳・社会人・オリンピック強化選手・過去優勝経験も海外大会出場経験も豊富にて、後援会の大応援団。  試合内容はもちろん たたずまいに風格を感ずる方。 
『 試合が始まり向き合うと、威圧感がスゴイ。 大きく見えた。 』 ・・とは、翌日聞いた息子の弁。

いい経験をさせてもらった事です。 果敢に挑む姿も十分見せてもらいました。
来年の出場権利を得たわけですが、今年から社会人の彼、 はたして 続けるんでしょうか。

遠くから親子で応援に来てくれた義兄さんと玲子、ありがとうございました。

そして、後援会はなくとも、何より彼には 応援に駆け付けて頂いていた先輩や多くの仲間。 試合前も敗戦後も彼を取り囲んでくれていた姿を 嬉しく・有り難く・羨ましく 見つつひと足先に帰りました。

みなみなさま、   ありがとうございました!

 

お呼ばれ。

1日、滋賀・正福寺さま。
表具仕事で寄らせて頂いたのですが 『 電車で来て ゆっくりして下さい 』 とのお声を頂いておりましたので仰せのままに。
翌日は、お孫さんはじめ沢山のお客人で《 お雛さま 》 の集いとの事。 その前夜祭?の様にお呼ばれしてしまいました。  可愛らしい女の子の声のする中、日本酒のお好きな方々とアチラコチラの逸品を堪能させて頂きました。 家族の様に炬燵に入り。 お酒の話・昔の話・子供の話・仏法の話・・・話題は縦横無尽に駆け巡ります。  そうそう、日本酒の前にいただいた 《 長いも 》の焼酎。 青森のものでしたでしょうか、あれも美味しかったですねえ。 《 六趣 》、これまた仏法の・・・。 

小雨が落ちはじめた夜遅く。 4人で歩いて駅までお見送り頂きました( 可愛らしい女の子まで )。   恐縮至極。
ありがとうございました!

はじめてのお使い・・いや、《 茶事 》。

24日午後4時、神戸・山西邸 《 茶事 》。

『 えっ、全くの不心得者ですよ 私。 ・・・そうですか。 ・・・いや、それは喜んで。 ・・・はい、ありがとうございます。』

謙遜でも何でもなく、本当に右も左も心得ぬ私。 いつ動くか・どう扱うか・何を言葉にいつ言うか・・・フクサ・・カイシ・・オウギ・・クロ何とやら・・果ては、襖の開け閉めから歩き方に座り方まで気になってきつつ 電話をうけました。

『 えっ、料理人を家に呼んでですか?・・・そうですか・・お酒も・・いや、大変な楽しみですよ そりゃあ。 』

きっと杯の作法、箸をつける順番も まわりの方々との・・・・つのる不安。       そして24日午後4時。 始まってしまいました。

正客は陶芸家某氏、お詰めは古美術愛好家某氏、わたしは次客にして頂いて 炭点前から。  

御軸・器・窯・盆・酒器・盆にいたるまで山西亭主の桃山時代を愛する美意識に圧倒されつつも 存分なる存分なるご接待。   目にするひとつひとつを語り合う皆さんの知識の深さと広さに敬意を表しつつ穏やかな時間が流れます。 ちなみにこれは、松葉の絵・竹の箸・梅の菓子で《松竹梅》。 季節ですねえ。     そして、待ち合いに退いて 鐘が鳴り 《 濃茶点前》。  掛け物がはずされた床の間には 華生け。
炭の音と湯の沸く松風のみの中、亭主のさばきを見つめます。 そして《 薄茶点前》へ。
無粋にも撮影をお許し頂き、何も知らない私に丁寧にお教え頂きつつ ( 十のうち 一しか残っていませんが ) 終始和やかに愉快に過ごさせて頂き、気がつけば 午後8時すぎ。        
作法・様式美も学びましたが、何気なく置いてあるものにも もてなす方の数日前からのこころが込められてあり、それに気付く方があり。  《 語り合う 》事が真髄か・・・などと思いつつ電車に揺られて神戸を後にいたしました。

ただ一度で何がわかるものではありませんが、これからの私に必ず何かを与えて頂いた事でございます。
ありがとうございました。



浜田ゆうひパーク。

昨日から島根。
京都との往復の際、よく立ち寄る海沿いの道の駅 《 浜田ゆうひパーク 》。
夕陽が綺麗に見えるスポットで、山陰のお土産モノも充実しているし、食事も「 ここしかない 」もの( お魚の定食とか )を出してくれるお店が入っている 心にくいところ。

その上 最近 『 おお!』 と驚いたのは、喫煙場所。
寒い外にあるのはいいとして、大抵のS・Aでは 遠い片隅に追いやられていて、立って一服するしかないのですが、
なんと ここには ステキな《 椅子 》が!  どんどん吸って下さいとばかりに!(笑)                ゆったり座ると 目の前には これまた素敵な《 オブジェ 》が。  『 あらわすモノは何だろう? 』
と、思いを巡らす ステキな場所になりました。

そう、わたしは喫煙者。  身体に悪いと、これだけ言われていても止めない< 意思の強さ >を持つ男。

・・・・・・かばちたれ です。

思い切って。

本願寺前の仏具屋・八田保商店。
ご縁があり、表具の相談事で親しくお付き合い頂いております。    変わったものを置いておられたりして覗くのが楽しみなお店でもあります。   今日は、依頼のあったものを持参して。  お仕事の話が終わり、店主と四方山話をしているうちに < 香 > の話になり、楽しく色々見せてもらっていると・・・・・・・。

『 これ、何? 』 ( 店主、わたしより若いもので。 誠実で 実に気のいい彼です。 )
『 沈香の粉末です。 』 ( 手の中におさまる位、小さな小瓶。 )  
《 沈香 》。  少し焚くだけでも、作られた香りとは全く違う独特な香りが漂います。  高価な香です。  日々に焚くのは・・・・・・。
香木から <きざみ> や <角切り> の形にされたものを使う事が多い この香。

『 粉末とは珍しい。 』 
『 たとえば、香木で念珠の珠を作ったりする等、加工する時に出た粉です。 』 
『 へ~。 よくあるの? 』               『 最近はあんまり 入らなくなりました。 』
『 へ~。 これ、いい香からのもの? 』        『 いいものからのものです。 』
『 へ~。 これで、おいくら? 』           『 ○○○です。 』
『 へ~。 ひょっとして、お買い得? 』       『 お買い得です。 』
『 へ~。 』   

お買い求めです!    3月の彼岸法座で焚きしめます。    お楽しみに!

頬に傷。

何をした憶えもないのに、結構目立つ<傷>が頬に・・。 カミソリで切ったか ささくれ立った指先で引っ掻いたか。      そう言えば、と思い出した15年も前の昔話。

伏見の忙しいお寺の法務員として、一日10件も15件もお参りしていた頃のある日。
朝早くからバイクで走り 3件ばかり勤め終えた時、 『 あ痛~! 』。
右まぶたを <蜂> に刺されてしまいました。   痛くてしばらく顔をおさえてうずくまっていましたが、時間に追われている身。  みるみる腫れあがってくる顔をミラーで見ながら、そのまま次のお参りのお家へ。

『 おはようございます・・・。 』
『 おはようございます、まあ!  どうされました?! その顔! 』
『 ・・・・・・いや~・・わるさがバレて、女房に殴られまして。 』 (笑)
『 まあ~、おじゅっさん! 面白い事言わはるわ~。 』 (大爆笑)

あんまりウケたもんで、次のお家でも。
『 えらい腫れてるで。 どうしはった? 』
『 いや、浮気がバレて 女房に殴られましてん。 』
『 はっはっは~。 そうかいな、そりゃええわ! 』 (大爆笑)    またまたおおウケ。

痛いのも忘れて いく家いく家で同じ事を挨拶に爆笑の嵐の中、気を良くして あるお家へ。

『 まあ、どうされました・・お顔が・・。』
『 いやあ、女房に殴られましてねえ。 』
『 ・・・まあ。 そうでしたか。  失礼しました。 』  しばし沈黙の後、仏壇に向かわれるおばあさん。
『 ・・・・・・・・・・・え~と。 すみません、冗談です。蜂に刺されたんですよ。 』
『 蜂に?  ・・そうですか、蜂に。 ・・・そうでしょうねえ。 』 (ま顔)

・・・・・・ 『 いや、おばさん。ホントに蜂ですよ、蜂にさされたんです! 』
『 そうでしょう、蜂でしょう? 蜂ですよ。 』  (ま顔)    『 いやいやいやいや、ホントですよ! 』

《 ウソから始まると、言えば言うほど 真実から遠ざかる 》  ・・・格言のような言葉が出来てしまった日でした。  調子にのったわたしが悪いだけですが。   きっと未だに、女房に殴られたと思っておられるでしょう。

この傷、もう口が裂けても 女房のせいにはしません。 これ以上彼女を凶暴には出来ません(笑) スンマセン。



接待。

お参りの読経が終わるまでジッと待っている< 猫 >たち。
終わると ひと鳴きして撫でてくれ、と近づいて来きます。 賢いモノたちです。

そうしている中、少し離れたところでジッとしている一匹の猫< クウ >。
もう15年位の付き合いがある老猫。      若い猫が遊んでいるうちにはやって来ない< クウ >。

ひとしきり遊んだ他の猫が居なくなったら、ゆっくり立ち上がり 横にやって来ます。 撫でてくれ、と手を手繰り寄せます。  
「老いる」という事は、他のひと(猫?)を思いやるこころが備わるという事でしょうか。  < 待つ力 >が備わるという事でしょうか。   ・・・・なあ、< クウ >よ。

七高僧。

浄土真宗の寺院の内陣には< 七高僧 >軸が掛けられてあります。 《 南無阿弥陀佛 》に込められた阿弥陀如来の願いと力の確かさを < 論・書 >に記し伝えてくださった七人の高僧方を 宗祖・親鸞聖人は非常に尊ばれてあります。 
インドの龍樹菩薩(2c)・天親菩薩(5c)、中国の曇鸞大 師(6c)・善導大師(7c)・道綽禅師(7c)、日本の源信和尚(11c)・法然上人(12c)の7人のお姿です。

本山・本願寺から受け、一年中ほぼ掛けっ放しにされてあり年に数回巻いて 掛ける場所を移動するだけですが、それでも何百年も経つと傷んできます。 このように・・・。  100年に一度くらいは修復しなければ保てません。

幾幅も修復に携わらせて頂いておりますが、興味深い事があります。
同じ本願寺からのものであっても、年代によりお顔や衣体の文様に違いが見られます。 描かれる絵師が違うからと言えば・・・・。  同じ法然上人です。上は1700年( 第14世・寂如 代 )、下は1780年( 第17世・法如 代 )に描かれたもの。                                              お顔の印象が少し違いますね。   それでもこの時代のものは何とも深みがあっていいですねえ。      今、描かれてあるものはもっともっと・・・・いや、個人の感想です 失敬。

両方とも天親菩薩ですが、1700年当時と そして1780年当時の画。 礼拝するこころにとっては何の問題もありませんが、ただ、作業をするうちに興味深く思いまして。   ( ちなみに、法如代のお姿は 当西蓮寺の高僧軸のお姿。 )

そして、同じ1700年当時のものでも、 傷みが違います。
胡粉の白がひび割れ・剥落し、すっかりお顔が無くなって・・。 

湿度の多すぎる山中であるとか、夏に開け放つと海風が入るとか・・・掛けておられる場所の環境にもよるでしょうが、扱われる代々の僧侶の< 扱い方 >にも大きな影響がある事と思います。

わが身に引きあてて・・・・・丁寧に扱い、それを伝えていかなくてはならない、と。 今、これを書き込みながら あらためて。

寒ブリ。

5日から帰山しております。
そうしておりましたところ、昨日 『 寒ブリの良いのが手に入りましたが、よかったらお分けしましょうか? 』 とのお電話。
『 行きます行きます!』 

かねてより頼んでおられたのが、ようやく良いのが浜田港に上がったとの事。 いい時に帰っていたものです。
食してみてビックリ !
『 お・・・美味しい・・。』   今までのブリはいったい・・・と思うほど。  ぶ厚く造って頂いている身の油のなんとも上品な甘さ。   食べながらすぐ電話して、感激の感想と お礼を。     『 いや~すごいもんですねえ!』

素直な喜びが伝わったのか、先ほど 今夜の分にと、また頂いてしまいました。
すみません!   ありがとうございます!   ・・・・決して、もっとおくれ との電話ではなかったんですよ (笑)

皆さん、よろこびは声に出して分かち合いましょう!

和光舎。

袈裟・法衣・打敷の修復を手掛ける工房が、近所の商店街内のギャラリーで作業の様子を公開していると。
ここ伏見にて作業をしておられる事は知っていましたが、訪れた事はありませんでした。  ものは違っても同じく修復をする者として、そして僧侶として。 興味をもってドアを開きました。

普段、目にする織物の打敷よりもかなりボリュームのある刺繍打敷の修復をされていました。 石見神楽の衣装の様に厚い刺繍にガラスの眼。 立派なものですが、真っ先に思ったのは 『 どうやって畳んでしまうんだろう・・・・? 』。 
法要・行事によって掛け替えるもの、外したものはしばらく畳んでしまっておいています。 この度綺麗に修復されても畳む度に傷んでいきそうで扱いの怖さがよぎってしまいます。

七条袈裟の修復の様子も見せて頂きました。 裏裂地を替えて、荒れた表裂地部分に針を入れて、紐を替えて・・・。
纏い着ける時に 同じところが折れ・擦れるので、その部分だけを修復していただけるのは有り難い事です。
職人さん方の丁寧で確かな仕事を見せて頂き、名のりもしない私の質問に快く答えて下さるスーツの方のお人柄に、会社の< お人柄 >を感じさせて頂きました。

色衣の修復もされていました。  これも傷む箇所は決まっているんですよねえ・・。  畳み線が擦り切れてくるし・・。


いずれも新しく求めれば大変高価なもの。 直せるものならば・・。
そして、それ以上に。

古くなったものを捨てるのは簡単、一瞬。
でも、それを求められた昔々の方々の< ご苦労と思い >を思えば、何とか直して飾りたい・身に付けたいと、修復を選択される方が多くおられる事は嬉しい事です。       たとえ、買うより高くついたとしても。   ( かな?)

<正光寺・聲明の夕べ>。

1月25日午後6時、本願寺近く 正光寺にて 《 聲明の夕べ 》 。

毎年1月最後の土曜日に勤まる会・今年で10回を数えます。  大八木正雄師 ( 絵師・金珉氏と3人でかわす杯はいつも楽しく深く ) 主催にて、師のもとで聲明を研鑚 する僧侶の方々による幽玄な空間。         
大八木師の師である水原夢江師が平成16年に復元された < 如法念仏作法 > は、出遇ったことのない音声に ただ目を閉じるのみ・・・・・。  
マイクは無くとも響く音声。  多くのひとが居ても何ひとつ音のない堂内。  外を歩く人の靴音が気にかかるほどの・・・。

皆でつくる空間を感じつつ、今一度 目を閉じ深く息を吸い込みます。

一枚の葉にも仏さま。

葉脈のみにした< 菩提樹の葉 >に描かれた仏画。
菩提樹といえば、お釈迦さまがその樹のもとに座し お悟りをひらかれたという、仏教では特別な樹。  その樹の実を繋いで念珠にしたものを よく目にします。      これはインドで描かれたものだそうで、「 掛け軸に 」というご依頼です。額装にしてあるものは見かける事はありますが、掛け軸にと・・・・・。

実は以前にも同じ方から同じご依頼があって、何パターンか軸装して納めた事があるのですが、気に入って 頂いていたんですね・・・というか、まだ持っておられたんですね ( 笑 )。

そしてマタマタ実はですが。 これが大変面倒で難儀な事がありまして・・・・。
掛け軸は当然 巻き下ろしが出来ないといけませんが、葉の <背骨 > のところが太すぎて割れ・折れしてしまい、しなやかに曲がり伸びしないのであります。 つまり、掛け軸に表装するのは無理、ですから アクリル・ガラスで押さえて額装にしてあるものばかりという訳です。 

しかし。  それでも 『 よ~し、何とかしてやろうじゃないか! 』  と立ちあがるのが栗山表具。
後ろから< 背骨 >を少しずつ少しずつ削り取り < 骨抜き >? にしていきます。 決して決して表に刃がいかないように・・・手の震えを止め、息を止め・・。



そして、どこの厚みも同じにしてから和紙で 裏打ちし、数日乾燥させてから、これを本紙として掛け軸への表装が始まります。         こんな感じの掛け軸になります。 ジャジャ~ン!

はたしてこの努力、知って頂いているでしょうか・・・・・・・・。   いや、努力を振り回すのは恥ずかしい事でした。   いいのが出来た、と喜んで頂けたら良いだけでした。                  ・・・ おはずかしい。

冬の楽しみ。

18・19の両日、益田市・明顕寺さま 御正忌法要のご縁。
わたしが知る限りでも 祖父・父の代から深いご縁のお寺、だからかどうか 実に居心地良く。 ( 院内の皆さんがそうして下さっているからに他なりません。 )   

炬燵っていいですねえ・・何とも・・・。

18日の夜は雪が降り、深夜中 屋根からの < 雪ずり > の音。 大男が歩き回っているかと思う様に ボタッ・ドタッ・ドタドタ、と。
これは二日目の今日は雪でもあるし、お参りは少ないかなあ・・・と思いながら ( いらない心配ですが ) 本堂に出てみると、これは これは・・・。    遠く広島・瀬戸内から、ご住職法友ご夫婦も。    

正しく わたし自身の学びであるご縁でございました。  ありがとうございました。

御正忌。

16日、西蓮寺・御正忌法座。 

雪霜こそ見えないものの凛と冷えた朝。  石油ストーブ3台・電気ストーブ1台・火鉢2つで早い時間から暖めたつもりの本堂にても 『 寒い、寒い。 』 の声。     膝かけ・綿入れも動員。   
昔から聖人御命日は耳がちぎれるほどの寒さ・・といった印象がありますから、それらしく感じながらのわたくしではありました。

お昼は温かな 《 けんちん汁 》  をご一緒し、今年もいつもと同じ様に迎えられた日を喜びました。

ご参詣ご聴聞、誠に有難うございました。

○ 《 火宅無常の世界 煩悩具足の凡夫、よろずの事 みなもって そらごと・たわごと、< まこと >あること無きに
ただ 念仏のみぞ、< まこと >にておわします。 》 と。

○ 世の中の事をすべて「 そらごと・たわごと 」と否定して、念仏のみして世を捨ててあきらめて生きましょう・・・という事ではありません。      かけがえのない毎日のひとつひとつを< 邪見 >によって「 そらごと・たわごと 」にしてしまっている< 心弱き私 >がいるという事。     そのひとつひとつを真に意味のある< 大事なひとつ >にかえなす力が如来の願いを聞く中にある、これのみにしか無い。      その願いのすべてが込められいたってあるのが念仏である。    <苦>を<苦>のままにしない、老苦も 病苦も 愛別離苦も 求不得苦も 決して< 空しく >過ごさせないはたらきが念仏申す中にある、だからこそ 「 念仏のみぞまことにておわします 」と示されてあるのでございます。  と。  ・・・本堂でのこの度のご縁でございます。

法座前日。

13日、岡見・尊光寺さま 御正忌法要のご縁。
寒い日でしたが、本堂内をとても暖かくして 沢山の参拝・ご聴聞の方々を迎えておられました。
お昼には 皆さまに < あずき粥 > で、これまた温かく。
夕方、終えて控え間にいたところへ お顔を出しお声をかけて下さる方が何人も。

有り難き一日、ありがとうございました。

そしていよいよ明日16日、西蓮寺にて勤修。
紫の手をこすりこすり 掃除・お荘厳 。  
老母坊守がついたお供えのお餅、大きさ・厚さが個性的で組み合わせにひとしきり。
ま、わたしが作ればもっと大変な事になっている事でしょう。 経験の重みはありますねえ。
『 みんなちがって みんないい・・。 by 金子みすず。 』   ・・・言い聞かせながら 御内陣へ持ち上がります。
華を立てに来て下さったお方、野菜を持って来て下さったお方、明日は車でお参りの方をお連れすると連絡くださったお方、ちょっとお手伝いに来て見ましたと寄ってくださったお方・・。 紫の手もあたたまります。

シンクロ。

11日、益田・鎌手の東福寺さま 御正忌法座のご縁。
前日の夕方走った浜田道は雪が多かったですが、ここ海の近くはほとんど雪もなく。

和やかに法縁の一日を頂きました。  何より、小さい時から友人である同い年の彼のお寺。
お互い僧侶以外に仕事をもち ふんばっている者同志、本堂でのお話の合間に 立ててくれる抹茶をよばれながら 久々にゆっくり話が出来た事、あれが一番の一日でしたでしょうか。

忌憚ない感想を語ってくれ、これからの寺院のあり様を語り合い、法の伝え方に対するそれぞれの思いを聞きあい。
『 そうそう、そうだよなあ。 』 と。

ながく教員である彼の経験話には興味深いものが多々。

《 ・・・数年前よりマルくなったなあ、こいつ。  歳とったんだな・・・。 》 
と、わたしが思っていたという事は 彼も思っていたでしょう。

マチガイない。              いい友人です。

本山参拝。

新しい年を西蓮寺にて迎えました。
山寺は、穏やかな気候のように 訪れる方さほどなき 静かな年末年始。

4日には京都に出てきて、溜まった仕事を。  今日7日は、顔を見せに広島から来てくれた娘夫婦が本山にお参りするというので、同行して今年最初の参拝に。

9日から勤まる 《 御正忌報恩講 》 の準備が始まっていました。 ( 16日まで勤行 ) 御影堂に座っては、暫し娘婿が語ってくれるお話に耳を傾けました。   本山式務にて奉職していた彼が語ってくれる、一般参拝者が目にする事の無い7日・8日の準備儀式のお話は初めて聞くお話。      『 は~・・そう。 』  『 そうなんだ・・。 それ、どういう字を書くの? 』
見えないところで延々と続けられてある < 儀式 > があるのですね。   大事に大事に迎えられるお勤めです。    

西蓮寺にても元旦の早朝にお勤めを致しましたし、16日には 《 御正忌 》 をお勤めさせて頂きますが、誰も見ていないとはいえ準備から大事な儀式として迎えているか・・・。       如何!

ひとの少ない、外よりヒンヤリした御堂。     良きご縁の初参拝であったと。  

娘夫婦、わたしを伏見まで送り届けてくれて、広島にむけて帰って行きました。

西蓮寺十七代住職釈知浩   古書画保存修復師

山に囲まれ狸がお参り・・・
そこにあなたも仲間入り・・・
   ようこそ ようこそ。

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