昨年だったか一昨年だったか、彼が来宅して一枚の画を置いていきました。
表装してくれとも言わず『 こんなの描きました。 』とだけ言って帰りました。なもので、丸めて置いて( 大事に丸めて )あった事さえ忘れていましたが、先日探し物をしていて見つけました。   しばらく眺めていましたが、置いていかれた日にはさほどに思わなかった面白さがふつふつとわいてきまして。  「 そろそろやってみようか・・・・頼まれてもいないけど・・。 」と。

韓国の寺院のご本尊仏さまは日本の仏さまよりお顔が大きい。それは赤ん坊の身体と頭のバランスに近くて、それはお参りする方に親しんでもらう為に次第にそうなりました。と、彼がいつか言っていました。この画を持ってくるずっと以前にです。 
それを思ってでないにしても、実にいいお姿。実にいいお顔。そしてさすが箔の専門、綺麗な箔づかい、見事です。 柿渋も使っていますでしょうか、裏打ちに少々難儀しました。

そして、こんな感じにしてみました。   名が大きく書いてあります、《 金 珉 》と。
大きすぎないかい?  いいのかい?  

ま、頼まれてもいないんで。

・・・・取りに来ないとしばらくウチで掛けるぞ!

一度暖かくなり一挙に桜が咲いて、散りゆく頃になった4月8日。また寒くなり身体が驚いた日となりました。毎年お釈迦さまのお生まれのこの日に、永代経法要を勤めさせていただいております。 
今年は広島市・永光寺の永光聖法師にご来講頂きました。
本山式務・広島別院と勤められ、昨年伝道院にて学ばれたわたしより20歳以上お若きご講師。   そのご年齢ならではの視点・受け止め・味わいがおありの事であろうと、楽しみにお待ちいたしておりました。

のびやかなお声と穏やかなお話しぶり。 
丁寧に丁寧にお話頂いた40分のお話4席、終わってみればひとつのテーマが一本の道として見えました。  色々な話題を引いてのお話を聴かせて頂きながら、様々なことに思いを飛ばさせていただきました。  

自分の中にあった何かと、この度聴かせて頂いたひとつの事が繋がった時、じわじわと胸にあたたかいものが広がります。    じわじわと。

この度のご縁、誠にありがとうございました。 またお呼び下さい、とのお同行さまからの声が聞こえることは、住職としても喜びです。

当日夜はお泊りいただき、二日酔いするほどお付き合い頂いた事も御礼申し上げながら。

太古の昔、ほかの動物と同じように四つ足で歩いていた私たちの祖先が何故立ち上がるようになったのかのついて色々な説があります。 「 安全確保のため遠くを見渡せるように 」 「 生きのびるため道具を持つように 」 等々。

話一転。この冬のオリンピック感動的な金メダルを獲得した羽生結弦選手が、演技が終わった直後に痛めていた右足を両手で押さえた映像が流れました。リンクを出た選手にインタビュアーが質問しました。 「 足を押さえておられましたが、痛みからですか? 」 「 いえ、感謝しかありません。」 よく滑りきらせてくれたという感謝でしょう。 思いました。わたしたちは痛みにも手をそえる、感謝の時にも手をそえる。

お腹が痛いとお腹に手をあて、歯が痛いと頬に手をあてます。そしてまたありがとう!と手を握り肩に手をまわします。 
< 手はこころ > といわれます。手紙・手当・手弁当・・ただの紙や弁当ではなくてそこには<こころ>が込められてあります。 わたしの痛みでなくても、頭が痛いという子供の頭に手をあてて撫でます。 いたいのいたいのとんでいけ~・・と。 わたしのこころを伝えたい時にわたしたちは< >をさしのべます。 

「 その日わたしはただベッドの横にいて主人の手を握っていました。 」
先日若くして亡くなられたお方の奥様がポツンとおっしゃいました。 強い鎮静剤も効かなくなってきた痛みにより添われるためだったのでしょうか。 一緒に歩んでこられた日々に感謝のおこころだったのでしょうか。

もう、その手に触れる事が出来なくなったとき。 手を添えて痛みを分かち合い、こころを伝える事が出来なくなった時。 わたしたちは、両手を前にして手と手をそっと合わせます。 この手がわたし、この手はあなた、と。

仏さま。仏さまもずっとわたしを見つめて願いを込めて両手を合わせておられます。この手がわたし。この手はあなた。     どうかわたしの願いを聞いてください。 あなたのいのちにちっぽけな時はひと時もありません。 あなたのいのちはかけがえなく尊い。 
合わせる両手の中にわたしの姿をいただきます。 それは、< ひとつになる > という事ではなくて、< すでにひとつである > と気づかせて頂き続ける時です。

『 ひとはなぜ立ち上がったのか? 』
所説ありひとがなんと言おうが、もうひとつの大事な答えがあります。

『 ひとは手を合わすために 立ち上がりました。 』   

住職釈知浩 (栗山知浩)

平成14年・西蓮寺十七世住職継職
古書画保存修復表具師でもあり、島根と京都行ったり来たり。

山に囲まれた小さなお寺。
たまに人が集まり、タヌキも集まり…
あなたもそこに仲間入り、ようこそ。

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