画とも出会いながら。

年賀状、終えました。
そして昨日年内最後の表装仕事、150㎝四方と大きな額装品を納め終えました。

金箔貼り縁。重量はぼ60㎏。

「浄土」という画題でもいいなあ・・と思いながら作業した、今年最後のお仕事でした。 

明日は帰山。迎える新年に備えます。

年末の悩み。

年賀状・・毎年この時期ギリギリまで、アアしようかコウしようかドウしようか騒いでおります。

引き出し開けたら数年のバックナンバーが出てきました。 そういえば去年はこれ描いた  これはその前だったか  いや、これが一昨年か  これはいつ頃だったか  ・・・どんどん記憶定かでなくなってきます。
はっきりしている事は今年早く何とかしないといけない、という事。

ここまでは案出来ています。  じゃ、早くやれよって話です。

本願寺手帳。

毎年本願寺から送られてくる手帳を使わせて頂いております。
各寺院に得度者数が送られてきます。つまり僧侶用です。  色々な資料が載っていますが、主に予定記入として一年中持ち歩いています。

年により表紙の色が違います。 何十年もそのまま使っていましたが、昨年ある方( 若き女性僧侶 )が表紙カバーの中に独自の紙を差し込んでおられるのに衝撃を受けて(・・たいそうな・・)私もやってみました。 なぜ、それを思わなかったのかと数年を悔やみつつ。

表具屋なら表装裂地を差し込んでみようと。  中々気に入って一年愛用しました。

今年もこのカバーを引き続き使おうと思っていましたが、今日、こんな仕事をしていて  端切れ裂地が残って散らばっているのを眺めて作ってみました。


ポップでキュートでスタイリッシュな・・ご注文お待ちいたしております。
・・・すみません、妄語です。  いたしておりません。


かなりの時間を要してしまいました。  夕方、今日分の仕事が進んでいないことに気づき・・。        ま、いいもん出来たんでいいですよね。   これが生きてるって事。

大法要。

10月29日、当山西蓮寺にて宗祖親鸞聖人七五〇回遠忌法要を厳修。

あいにくの小雨模様、皆さまの足元を心配しながら朝を迎えましたが、 先ずは役員世話役の方々の姿が見え次第に参拝の方々が門をくぐられる姿が見えてまいりました。
駐車場の係の方、受付の方、お茶準備の方、靴整理の方、前もってお願い打ち合わせしていましたのでお任せしておいて、わたしは法中をお迎えして本堂に顔を出したのは9時半でしたでしょうか。 驚きました。 ある程度は参拝の人数を把握していたとはいえ、この本堂がビッシリと満堂の姿。 初めてこの土を踏んで下さったお方も多々、それはお同行さまが「 お参りしましょう 」と声をかけて頂いた方々。どれだけ熱心にお声がけ頂いた事でしょう。 広島・岡山と遠方からのお姿、どれほど朝早くからご準備くださった事でしょう。 

ご法中には朝事よりご出勤頂きました。ありがとうございます。
前日夕方には本堂高座に座り声の響きを確認いただいたご講師先生。50年ぶりに据えた高座での『お説教』。言葉たくみ音声豊かなお話しに、外は小雨静寂であるのと対称的に堂内は不思議な空気感。   それは、座っている人の顔は違うものの50年前のこの日と重なっていると感じての事かもしれません。

今にこの場があるのは、遠い過去から実に多くの方々が少しづつ少しづつ思いを積み重ねて下さったからの事と感じました。   ご講師のお話を聞かせて頂きながら聴聞の皆さまのお顔を少し振り向き、そう感じました。 そしてまたご講師先生を見つめます。

日中法要の前には記念撮影。  そして行道によるお勤め。
何とも綺麗に厳かにお勤め頂戴いたしました。  このお勤めに遇えた事の喜びを伝えて下さった方が沢山ありました。 ご講師先生のお話に遇えた事の喜びを伝えて下さった方はそれ以上にあったでしょうか。   そのお声を聞かせていただくと何度も何度も嬉しくなってきてしまいます。

会奉行の浄蓮寺さまには大変お世話になりました。何日も前から通ってきて頂き相談を重ね、こちらが気づかぬ事まで気づいて頂き。当日実に心強く、お蔭様にて。
弟・淳之も、息子・廣大も、 娘婿永光寺・聖法くんも出勤頂き。 有難く嬉しく。
「朝目が覚めるだろうか、生きてむかえられかねえ」と言っていた老母も無事に。

《 運命 》というものはありません。
最初から決まっている事など何もありません。 多くの出来事と多くのひとの出会いのうちにひとつ事が。  その出来事の場で振り返ってみると、「ああ、多くのことの全てが、正しくこの事の為にあったのかなあ 」と。   網の目のご縁は、過去・現在のみでなく未来にまで連なっております。  願わくば、この法要のご縁が後に繋がらん事を。 

合掌 九拝

西行の旅。

小雨の上京区寺之内、「大本山妙蓮寺」(日蓮宗寺院)。
以前より親交ある松浦直子先生(京都精華大学日本画特任教授)の初めての作品展です。

『西行の旅』ー西行物語絵巻(旧萬野家本)から模写した五つの情景ー と題して九幅の掛け軸と巻子一巻の展示です。 この作品に筆を持たれてから20年近くかけてここまで描かれたと認識しています。 そして、長い時間をかけてご相談しながら少しづつ表装させて頂いたことを思い出します。

お預かりして表装している時に何度も何度もよくよく目にしていたはずの画。 ところが、今日は全く違う画として見えた事に驚きました。
おそらく、場所です。 「場所をえる」という言葉は好きな言葉ですが、おそらくその「場所」です。

拝観寺院でありながらその静けさは何とも・・。ゆっくり画を拝見した後で縁側で話す声さえはばかられる静寂。 どこかで焚かれている香。  雨に濡れる庭石。 
よく見ようと作品に近づくと、画の中に入り込んでいくような感覚に。

西行の歩いた時間。  原本絵巻を描かれたに要した長い時間。            
今日まで絵巻物として伝えられた長い時間。 
そして本紙の紙の汚れ皺一本、水の流れ一筋まで繊細に写し描かれた松浦先生の長い時間。         何度も見ていたとはいえ見ていたとは言えない、凛とした空気の中でこそ感じられる事があると、あらためて。

この作品展、展示協力された青谷女史なくば成しえなかったと仰っていました。ここを探し選ばれたのも彼女でしょうか。  お二人に、ありがとうございました。


そして、明日からいよいよ法要せまる山寺へ帰山。 これまた時間の流れが少々違う場所ですが、今回ばかりは慌ただしくなりそうです。 出来る事なら、こころ慌てず。

 

法要準備の毎日。

いつの間にか夏は過ぎ彼岸も過ぎ、秋も深まりつつあります。
今月10月29日は、当山厳修親鸞聖人七五○回遠忌法要。いよいよ近づいてまいりました。

昨年から少しづつ準備を始め、総代・役員の方々と何度も話し合いを重ねてまいりました。この夏すぎには記念事業としていた「 外トイレ水洗化 」も完了し 「 須弥壇納骨設備 」も整いました。 かねてより本堂外陣での椅子が少々足りないと思っていました。座布団に座ってご聴聞の方は少なくなってきて30脚の椅子では足りないと。以前から、「椅子が良いが、この高さの椅子は私には・・」とのお声を聞いていたので少し高めの3人座りのベンチタイプのものを6脚揃えました。 普段のお座はこれで十分かとおもいますが、今度の法要には果たして何人くらいの参拝を頂けるかと。 お昼食をお弁当にすることに決まったこともあり( この度は普段台所お手伝いの方にもなるべく本堂にて法要・ご聴聞に会って頂きたいと )、ご門徒さま有縁のお同行さまへの案内状に葉書を同封し参拝可否のお返事を求めたところ、なんと今日までに100人を超すお申込みがありました。 有難い事です。 「 ご院家さん、チラシのようなもの作んさいや。 わたしらが人に勧めるのにあった方がええ。 」とのお言葉をうけて作成しました。その方々が、初めて西連寺にお参り下さる方を何人も連れてきて下さる、その人数もあります。  有難い事です。
娘が嫁いでいる広島の永光寺さまからも、遠方ご住職坊守さまはじめご門徒さま計8名で参拝頂けるとの事も。  有難い事です。 もったいない事です。

参拝の方々への参拝記念品の準備もほぼ整った昨日。出勤法中ご住職方の記念品にとすすめていた品を日本画家さんが届けて下さいました。 法要儀式に手にする「中啓」という扇、この度は一枚一枚同じ絵柄のものが無いように手描きで描いて頂きました。 まづ平面に画家さんに描いて頂き、それを扇子専門「遠藤」にて折って頂き、 画家さんの手直しがあって骨を入れて完成。  見事!   蓮美しく、朝顔清々しく、子牛可愛らしいですね。 世界でひとつしかない「 中啓 」です。  そして、もう包みましたので何方にどの絵柄が行くか私にもわかりません。 ご本人方に手をのばしてもらって選んで頂きましょう。  開けて出会ったところが、ご縁。   ご縁。 

こうしか読めない。

昨年ご往生された滋賀高島・徳善寺住職であり書家、山本慧先生の遺作展に行ってまいりました。京都でお世話になっている中路先生(山本先生の弟さま)・松下先生・水谷先生お三方のご住職のお供をして車を走らせました。 
晩年本願寺浄書に奉職されていた時に大変お世話になった山本先生。 昭和28年の学生時代から平成28年の絶筆まで、実に多くの作品に会わせて頂き、改めて先生に出会わせて頂いた感がありました。 遺作展実行委員会の方々、特に先生を書の師とされていた井上氏の熱意に頭が下がります。

その井上氏に別室にとおされ、未表装の数々を見せていただきました。 「 ご縁深き方々、ご所望とあらばどうぞお好きな一枚を。 」  なんと。 なんと。

先生方と書を目にし、文言の意味合いをお話を。
実は当山西連寺、今年10月に親鸞聖人750回遠忌法要をお勤めさせていただく運びになっておりますが、その記念事業のひとつとして「須弥壇納骨」施設の整備を進めています。これは祖父が30年以上前から言っていた事です。 「 須弥壇納骨という事がある。境内地に墓地はなく、納骨堂を建てる土地もない当山。本堂の阿弥陀さまが立っておられる須弥壇の下にならご遺骨を預かる事はできるがのお。 」と。 
父も言っていたのですが縁揃わず、この度いよいよ進める事と致した次第でございます。

その扉の上部漆喰壁面に何らかの文言の額を掛けたいと思っていたのですが、どんな言葉が良いやら、何方に書いて頂こうやらずっと考えておりました。 もちろん、お名号であっても、俱会一処であっても・・とも思いつつも。  その事を中路先生にお話して、「 先生。ご縁です。この書の中にそれに相応しい言葉はありませんか? あれば、わたしは是非それを所望いたしたく。 」
中路先生、黙ってしばらくあれこれ広げておられましたが、一枚を持って立ち上がられて「 これがよかろう。 」 

『 萬寿無彊 』帰宅してどういう言葉か調べてみました。浅学にて。
元々は清の皇帝の長寿を寿ぐ言葉であったとか。 そして『彊』は、『窮』に同じと。すると、『無彊』は『無窮』。『寿』は仏法では< いのち >の意。 『萬寿』は、< すべてのいのち >。     つまり『 萬寿無彊 』は、≪ すべてのいのち、いつまでもどこまでも ≫。

なんと、ピッタリの文言でありました。
そういえば、中路先生も仰っていました。 「いのちに際、隔たりが無いという意味や。 まあ、調べてみておくれや。」   先生には、頭が上がりません。
元はどうあれ、仏法・お念仏に照らされると 「 こうしか読めない 」という事がございます。  皆様に、ご縁ありがとうございました。

主役にインタビュー。

万緑の声いよいよ盛んなる頃です。 
5月21日は、宗祖親鸞聖人のお生まれになられた日をご縁にした法座< 降誕会法座 >。
お誕生日おめでとうございます、というより今のわたしに正しく仏法を伝えて下さり「お誕生ありがとうございます」のお心持ちにて、みなさまとお勤めさせて頂きます。  

午前はお勤めと法話聴聞。お祝い喜びの日でありますので、毎年午後は本堂に音楽を流しながらみなさんの笑い声溢れる催しを。 先ずは景品くじ引き、今年は幼稚園経営されている大阪のお寺さまより「そんな楽しい催しをするなら役立てて」と沢山提供いただいていた品々を袋に入れて番号付けて準備しておりました。 お皿・カバン・グラス・スカーフ・エプロン・・・。

この日のテーマは≪ ひとりひとりが主役の日 ≫。
一人づつ前に出てくじ引きして、景品の袋を貰ったら正面で広げてみなさんに披露。エプロン当たったら着けてポーズ、リュックサック当たったら背負ってポーズ。 
そして住職からのインタビュー。   
「いいの当たりましたねえ。おめでとうございます!今日はどちらからお越しですか?」 
「・・三隅から。知っとんさろう?」(笑) 
「知ってますけどね。(笑) どうされます、このお皿。何の料理作られます?」
「そうねえ。素麺ですかねえ、どうでしょう。」
「いいですねえ。出来上がったら呼んでくださいよ。」
「ご院家さんを?いいですよ。美味しいのできたら。」(笑) 「ありがとうございます。」

「おめでとうございます、これはビールグラスですかねえ。呑まれます?」
「いえ・・お茶を飲むのにしましょう。」
「いかがですか、最近どなたかからプレゼント貰われた事ありますか?」
「はい、この間母の日に、息子が蘭の花を送ってくれました。」
「まあ!いいですねえ。まだ元気に咲いてますか?」
「咲いてます咲いてます。お陽さんにあてたり、しまったり楽しくお世話しています。」
「枯らすわけにいかませんもんねえ。」
「そうですそうです。一生懸命ですよ。」(笑) 「それでですねえ・・。」

普段ご挨拶くらいしかしていなくて、あまりお喋りされないお方かなと思っていたお方。そんな事ありませんでした。マイクむけながら楽しく皆さんの前で大笑いでお話しくださいます。

その後、紙飛行機とばし。 必ず正解する○×クイズ。 いつもは座ってお勤めと聴聞の本堂にて ≪ ひとりひとりが主役の日 ≫ 。

この日のみならず、舞台の脇にいる時も、舞台袖にいる時も、如来さまのまなざしの中では私はいつでも主役です。

春樹。

永代経法要、4月8日。 
全国的に桜の開花が遅れた今年、裏山の桜が満開にて参拝のお同行さまを迎えてくれました。植えられた時は細く小さな苗木だった彼も、年々枝ぶりが立派になっていきます。

そういえばこの日8日には全く葉をつけていないように見えていた庭木、22日には驚く程に葉を付けていてビックリしました。春に紅葉するモミジ、ノムラモミジというのだと教えていただきましたが。鬱蒼として・・と言いたくなるほどに。

そこで24日に思い切ってザッパリと剪定を。剪定というより、ノコギリ片手に大暴れと言ったほうがいいでしょうが、それでも登ったり降りたり右から見たり離れて左から眺めたりと思案しながらの大暴れです。  ああ、随分スッキリとしたなあ・・と汗びっしょりで縁側に暫し座って眺めます。

それがまた驚いた事に、26日に気が付いたら随分葉が伸び増えているではありませんか。
こんなに早く成長するものでしたか。 たった2日ですよ。  知りませんでした。
あまりに切り方が悪くてモミジが怒っているのかとさえ思いました。  ハハッ、まさかねえ。

・・そうなんでしょうか・・。 

桜も26日には葉を纏った姿を見せていました。
走り回らない・声をあげないというだけで、実に大雄々しく生きているんですねえ。

モミジ・・怒っていませんよねえ。

お寺からのラブレター。

彼岸が過ぎ、すぐ4月。 4月8日の永代経法要の案内状を作成。文章書き上げ封筒に入れ表書きして、手配りして下さる総代さんの集落ごとにまとめて、と。遠方の門徒さまご縁のお方に郵送 するのが20通ばかり、そういえば、母が切手を沢山買っておいたので使ってくれと言っていたなあ。  

『 なんじゃ、こりゃ!?!? 』 
『 何って、切手。 』 
『 いやいや、これは使えんだろう。』 
『 なしてね。』 
『 いや・・これ。漫画で。・・キティちゃんやんか。お寺の案内には使えんで。』
『 なしてね。切手じゃろう。』 
『 いやいや。あなたわざわざコレを選んで買ったんか? 普通のでええのに。いや、普通 
のがええのに! ・・しかもあんたコレ、ハートの形。住職頭おかしくなったと思われる
で!』
『 何でもいいですかって聞かれたから、何でもいいですって。細かい事を言うねえ。
誰も見りゃせんよ。』 
『 いや、見るよ! ハートは見るよ! いったい何枚買ったん? え?ひ、百枚!! 』
『 あんたがいる思うて。 ええから使いんさい。 女のひとにハート貼ったらええ。 』
『 ああ、もう分かった分かった。 ・・はぁ~・・ 』

女の方にハート貼ってみました。・・・かえっておかしくなりました。 しかし、男のひとにはもっとおかしくなるかと思い、男のひとには丸いのを貼ってみました。 ・・・数枚、あれやこれや考えながら貼るうちに訳が分からなくなってきました。

住職。 頭がおかしくなった訳ではありません。
せめて。 せめて、お寺からの「ラブレター」とお思いください。

ご参拝、お待ち申し上げております。 (うっすら涙)

 

本山参拝。

本山で勤修されている伝灯奉告法要に参拝。三隅組で募り住職10数名とご門徒さま80名、バス2台で3月14日早朝6時に出発。午後1時には京都に着き、2時からの法要に会いました。

西連寺からは私と姉と弟の3人がお参りを。小さい頃は、いつも一緒にいる事を当たり前とも思わぬ程当たり前に過ごしていた姉弟 も、歳を重ねると中々出会う事すら少なくなってしまっています。   おそらく揃って参拝など、今回のように強い縁がないと出来ないかと思い声を掛けたところ、二人とも仕事を休んで一緒してくれました。  それぞれに思うところあってくれたんだと思います。  次の日は大谷本廟参拝もさせていただき、四国に渡り讃岐の庄松同行ゆかりのお寺 などを参拝して帰ったのは16日19時過ぎでしたでしょうか。

本山での凛としたお勤めに会えた事はもちろんですが、 同じものを見て聞いた2泊3日の時間は大事な時間として、ずっと残っている事と思います。 

画と出会い、書と出会い、人と出会い。

しばらく表装仕事の話題ありませんでしたが、ずっと作業いたしております。
色々な方と出会わせて頂きながら。 

昨年出会いを頂いた女性画家、不思議な日本画。 随分と時間をかけて裂地を悩まれた末、思い切った裂地を選ばれました。 バリ島の裂地です。 大江和上の「 自然法爾 」を額装に。 西連寺にも来講頂いた先生です。わたしは生まれたばかりで記憶にありませんが。      浅田勧学の書も額装に。 額装にしそうな横書ですが、軸装に。 これなど軸にされた方はまずおられないでしょう、横寸法4尺(120㎝)になりました。 堂々たる一幅になりました、王義之書拓本。
三十六歌仙二曲屏風。土台・紙番から作るので中々の手間仕事。

修復仕事も。 良如上人御影。 復元織裂地を使用して横幅をゆったりとして、とのご依頼でした。

これは古い時代の軸、実如上人裏書きのある親鸞聖人御影。 何度も修復されてきた御軸。修復途中、以前の修復師の仕事を見せて頂きながら作業させて頂きました。 お顔も見た事無くとも、これも「お出会い」。

「私のこと、と聴かせて頂く」

2017年も、もう2月27日。 
昨日あるお方から法事のご相談でお電話があり、用件終えた後『 以前書き込んでおられたあのお話、あれを読んで・・・。』 懐かしい事を話題にしながら、そういえば実に長く書き込んでいないなぁ・・と反省。 

1月は慌ただしく、走行距離5000㎞・京都島根を5往復と走りに走っておりました。そのうちの1回、13日に京都から島根・17日に島根から京都というものが。 14・15日がご縁のお寺御正忌法座布教、そして16日の当山西連寺御正忌法座にむけてのものでありました。
この時、京都在住のある男性を 助手席に乗せての往復旅でもありました。

わたしより数歳年上の山本さん、最初のお出会いは25年以上前かと思います。当時勤めていたお寺から毎月お参りに行っていたお家の座敷で、いつも正座して待ち構えておられました。「待ち構えて」というのは、行く度に仏法に関するありとあらゆる質問を用意しておられたからで。     若いわたしは何とかお答えしようとするものの、窮する事しばしばであった記憶があります。( 今でも立派に応答は・・・ )  夜に招かれて、互いに真宗聖典を開き喧々諤々の事も。 

数年そんなやりとりがありましたが、わたしがそのお寺を退職した事もあって15年ばかり出会っておりませんでした。 昨年とある通夜葬儀の場で久々に再会し、懐かしさに日を改めて出会う約束を。( わたしの事ですから一杯やりながらって事ですね。ご想像通り。 )

その席で溜まりにたまった質問が・・・だけではなく、若い時は神事に熱心であり神官指導のもと「お百度」踏みから何からやっておられた事、疑問を持ちその後 修験道として滝に打たれる毎日を送っておられた事を聞かせていただきました。 最初のお出会いの頃は滝に打たれていた頃であったと。 ( そういえば目つきが・・。) そして何故その道を求めるようになったのかもお話下さいました。 
そして今のお心持ち、仏法お念仏の受け止め味わいもポツポツと。

かなりの時間をご一緒したでしょうか、わたしから提案を。
『 いかがですか、山寺ですが今度一度西連寺に来られませんか? 』
『 はい、是非訪ねてみたいですねえ。実は以前お近くまで行ってみた事あるんですよ。 』
『 ええ! そうなんですか。知りませんでした、遠かったでしょう?(笑)  今度はわたしが車でって事で。 1月に帰山する時に同乗いただいたら交通費はタダ、同じものを食べて頂くなら食費もタダ。 夜は一杯ご一緒に。 』
『 そんなのいいんですか!是非とも。 』
『 ただし条件があります。14・15日とわたしが行くお寺に同行して法話を聴聞する。 』 
『 願ってもない事、是非。 』 
『 もうひとつ。16日西連寺御正忌法座の本堂で、今わたしに話して下さったお話をして頂く。 』 
『 ・・・・・。 わたし、人前で話なんかした事もないですし出来ませんよ。 』 
『 その後でそのお話を受けて、わたしがお話します。 』 
『 ・・・・。 いいお話も有難いお話も出来るはずありませんよ。 』 
『 はい。 』 
『 ・・・・。 出来るはずありませんよ。 』 
『 はい。 』     『 そんな・・・・。・・・・。 』

という事で13日早朝お迎えに行き助手席に。この数か月原稿を書いては捨て書いては捨て緊張しっぱなしであったとか。  一度聞いてみて下さいと仰るのを「 いや、その場で初めて聞く方がいいので 」と断り、何てイジワルな人だと言われながら一路西連寺を目指します。
着いてからも緊張緊張不安不安と言いながら何度も誰もいない本堂に入っておられました。
気の毒に。

当日、15分のお話を2席。 驚きの声や、頷き。たまに笑い声。 西連寺の本堂の皆さんは温かく迎えてくださるのは分かっていましたし、聞いて頂きたいと思っていたお話。  本当にいいご縁いい一日になったと、合間に暖を囲んで色々なお話をされている皆さんと山本さんを眺めながら思いました。

17日、西連寺を出てわたしが広島で法事を勤める間、映画館で時間を調整いただいてから京都に着いたのは夜遅く。   長い長い旅でした。 

そして暫くアップしていなかったからか、長い長いお話でした。

 

 

住職釈知浩 (栗山知浩)

平成14年・西蓮寺十七世住職継職
古書画保存修復表具師でもあり、島根と京都行ったり来たり。

山に囲まれた小さなお寺。
たまに人が集まり、タヌキも集まり…
あなたもそこに仲間入り、ようこそ。

メッセージ・お問い合わせは
zikutomo@khh.biglobe.ne.jp まで。