終わりました、長い4日間が。
今日は、<西の谷>の 2軒のご門徒さんの報恩講参りでした。 11日から今日まで 4日間も続いて法務がありました。 それが なにか?・・・と言われるでしょうが、西蓮寺では 忙しい日々に入ります。 ちなみに もう 2月は、お参り予定ありません。 つぎは 3月21日の お寺での<彼岸会法座>です。 都会の友人のお坊さん、読んでたら びっくりしつつ心配もしてくれてるでしょうねえ。 ははは いや、羨ましいですかね? かわりたい? たまには いいでしょうが、ずっととなると大変かもよ。
なにせ しばらく お仏飯のお供えと 掃除の日々であります。
晩御飯、母が湯豆腐を作ってくれました。 食べてると 『 ん~? 』
なんか 変。 まずい。 くさい。 あぶない・・と本能がささやきます。
『 おいおい お母さん。 この (ふ) 。腐ってないか? 』
『 なに言うんかね。 (ふ) なんか腐るもんかね。 』
『 いやいや、恐ろしく 古いんじゃないか? 』
『 少し 古いは古いかも知れんが 大丈夫。 』 ( キッパリ )
『 いやいや いやいや。 その自信はどこからくるか知らんが、これは だめだ。 だめだめ。 』
『 じゃあ あんた 食べんさんな。 最近の若い者は日にちが きれたきれたって 大騒ぎして。 たいそうな。 もったいない。 』
『 いやいや いやいや 。 俺も大抵 食べるけど これは・・・・・・』
もう やめました。 勿体ない人間になりました。 (少涙)
食べ物を 特に大事にしてくれるのは良いのですが、 冷蔵庫は< 永遠保蔵庫 > と思っているし、少々匂っても 火を入れれば 大丈夫と信じているし・・・私もここで この方に育てられたので、大抵 大丈夫なんですが。
たまに 私の本能の 想像を超えるものが 出てくるもので、驚きます。
いや、一か月以上 お参りがないから 危険な生活に入りますって事では 決して、ありません。
大丈夫です。 たまたま 今日、その日だったもので。
ちなみに この文は、母の<勇気>と<強さ>を褒めてるつもりです。 あしからず。
今日は、西蓮寺から3kmばかりの所にある<宮が迫>に行きました。
現在 17戸数の集落で、清光庵という庵<集会所・兼>があり、この集落の ゆうに 100年以上続く <端心講> という講の集まり場所でもある 庵での <報恩講>です。
朝 9時30分から、午後 3時30分まで法座のご縁です。
ふつう、17戸数での集まりでは 用事の方もあったりで 10~13人位のお集まりの所、午前も午後も 30人近いお集まりでしたでしょうか。 スゴイ事です。 他には まあ ないでしょう。 一軒から、義理でなく 2人も4人も来られてある事に 伝統を感じました。
お勤めの後、お話を <40分を4回> じっと座って聞かれるのですから・・・・実際 大変なはず・・しかも この 私の・・。いや、私の話を聞かれるのでなく 仏様のお話ですから。 ね。
西蓮寺と とてもご縁の深い <講> であります。 毎年 前日から お荘厳の準備をされ、今年も 実に見事に待ち受けられ 和やかに お勤めご一緒させていただきました。 お世話方様・皆さま ありがとうございました。 終わって お寺に帰ってしばらくして その集落の あるおひとりが いらっしゃいました。
法座の後 集まりで、色々話し合っている中、今後 この集まりの進め方・運営についての相談事も出てきて その事について お寺・住職さんとして どう思われるか・・との事を わざわざ 尋ね来てくださったのです。 ( あなたです。 見て頂いてますね・・たぶん (笑) ) そのお話を聞きながら、皆さんがいかに この集まり<講>を大事にしておられるか、絶やさず 繋いでいこうとされているか が ヒシヒシと伝わりました。
過疎・老齢・地域行事・・色々な事が複雑に絡みついている中、それでも 多くの方が この何代も前の方々が残し伝えようとして下さった<仏法を中心とした 集まり>を まだまだ 続けていこうとされている事に、坊主 感動してました。 どんな形となろうとも モロテをあげて お手伝いさせて頂きます。
ご縁ある限り よろしくお願いいたします。<礼>
今日は西蓮寺から 4kmばかりの所にあるお寺に参りました。海の近く、座敷から海の見えるお寺です。 山のお寺にとっては、いいなあ・・・毎日 海が見えて・・・と思ってしまいますが、潮風で 自転車もすぐ錆びるし 風の強い日は恐いし との事も聞いています。
どこも いい所、難儀な所 ありますよねえ。
お話が終わって ひとりのおばあさんが控室に訪ねてこられました。
私の父がおばあさんに送った手紙を 私に見せたくて、どうやら わざわざ 一度 家に帰って持って来て下さったようです。 おばあさんは、私の祖父<平成3年 94歳にて還淨>と大変親しかったお方で あちこちに出向き祖父のご法話のご縁にあって下さっていました。 祖父は お寺で息をひき取りましたが、おばあさん その直前にお見舞いに来て下さっていて、その事についての 父のお礼の手紙です。
そこには お見舞いお礼の言葉と、祖父の最期の様子が書かれてありました。
祖父が 息子である父に言った 言葉が。 読ませて貰いながら、おばあさんが仰いました。
『 私にも 同じことを 仰いました。 』
『喋るのも辛そうな中、寝ておられる部屋に掛っている 近角常観先生<祖父が敬愛していた先生>の書かれた書を指差して・・ <・・あれじゃ・・あれしかないけえの・・> と。 』
≪ そらごと たわごと まことあることなきに、ただ 念仏のみぞ まことにておわします ≫
と 書かれた色紙です。 とても 大事にしていました。
色あせていますが、今も 掛けてあります。
おばあさんが 仰いました。 『 ご院家さんのお話 聞いとって、古いご院家さんやら お父さんを 思い出して、どうしても この手紙を 読んでほしゅうなりまして・・お忙しいなか すみません。 』
いえいえ おばさん、ありがとうございます。
嬉しいです。 何がって・・色々 嬉しいです。しばらく 言葉にできそうもありませんが・・色々嬉しいです。
ありがとうございました。 どうか お身体 御大事にしてください。