新しい年を迎えました。大きく揺れ動いた昨年であったからこそ今年、穏やかな年である事を願います。
年賀状に「阿修羅」の姿を描きました。 
阿修羅像で有名なのは奈良・興福寺の阿修羅像。三つの顔・六本の手という不思議な姿、正面の顔は少年が何か深く悩んでいるように眉をひそめています。お寺を出て美術館に立たれると一目を求めて長蛇の列が出来る人気ある像です。 

説によれば、仏法を守る「帝釈天」軍と戦い続けている三面六臂の「阿修羅」一族。その王、阿修羅王。あまりに永く戦い続けている為に一体何が原因でこの戦いが始まったのか分からなくなっている苦悩をあらわしているのが、興福寺の阿修羅像の表情と。 

仏法で説かれる六つの迷いの世界「六道」のひとつの『修羅』でもあります。
争いに明け暮れる世界。自分の思い通りにならない事ばかり。何もかも気に入らない事ばかり。何が原因か知らないけど腹が立つ・・・わたしが「修羅」になっている時です。ひとからはきっと修羅に見えています。 

せっかく六本も「手」があるんです、素晴らしい事です。「手はこころ」と以前も書きました。手という文字がつく言葉はそれを「こころ」と置き換えられます。手紙・・こころのこもった紙、手弁当・・誰かを思って作ったお弁当、手伝う・・こころ寄り添わせ一緒に、手助け・手を貸す・手を尽くす・・・・。  そして手を合わす・・こころをひとつに合わせる。 

人と人が出会うのがはばかられる世情。出会いたくても出会えない。
人を疑いの目、裁く目で見てしまう世情。裁かれる、疑われる。

合わせる手、さし伸べる手は 何本でも持っていたいものです。

近況。
ご縁頂いて京都芸術大学に招聘講師として伺う事になりました。表具師として頂いたお話、4日の午後まずは90分ばかり20人の日本画専攻の学生方に「表具あれこれ話」。
実際見てもらった方が楽しいかと思い特徴ある掛軸を数幅持参いたしました。
最初の概要説明では少々退屈そうだった(?)学生も、実際に現物を見ながら「何をどう考えて裂地を選び、寸法を決めるのか。それにより画の見え方がどう変わるのか。」という話には眼差しに輝きの違いが見受けられました。    これから描き続けられる中で額装は茶飯事でしょうし、ひょっとしたら軸装される事もあるでしょう。  この時間が方々の何らかになる事を願います。
今後、制作されつつある大作数点の裏打ち実習に入ります。  よろしくお願いいたします。

話変わりまして、もひとつ近況。
かねて依頼していた『華葩』、スケルトンの華葩。両手で温めるとユックリ花びら状に曲がってくる華葩。  金珉氏にデザイン依頼していたものがやっと韓国から届きました。

十年以上前に制作した時、人気のあった「花びら蛙」はリクエストしておりました。 そして彼の画集で見た「小鹿」も。 ≪鹿野苑≫謂れを浮かべながら。 (鹿野苑、釈迦四大聖地のひとつ・さとりを開かれた後最初に法を説かれた地=サールナート。 ちなみに四大聖地とは、〇ルンビニー<お生まれの地・生誕地> 〇ブッダガヤ<おさとりを開かれた地・成道地> 〇サールナート<最初に法を説かれた地・初転法輪地> 〇クシナーガラ<ご往生の地・涅槃地>) 

数枚づつ入れる簡単な袋も頼んでおいたら、なんと珉氏 封筒デザインまでして送ってくれました。折り紙の「船」を描いてくれました。なぜこれを描こうとしてくれたのか・・また、出会った時に聞いてみたいものです。 そして封筒のこのしっかりした素材に驚き喜び。 

さて、これから如何いたしましょうか。色々考えてはありますが・・上手に扱いたいものです。 

10月29日当山報恩講。この世情の中にあっても細心の注意をもって例年通り勤めさせて頂けた事を皆さまのお蔭と感謝いたします。 
清掃奉仕に始まり、前日には台所世話役方々によりお斎下ごしらえ・餅つき。 当日も早朝より女性7人・男性4人が集まって下さり、あっという間にそれぞれの持ち場に走りついていかれます。
午前9時半始まりの本堂、8時半あたりからボチりボチりとお座りの参拝者。ジッと座っておられたら寒いかと思いストーブに火をつけていましたが日中には必要なくなるくらい良いお天気の日です。    朝のお勤め、そしてご講師・浄蓮寺 早川顕之師の法話。  お斎を頂き午後1時半からお勤め、そして夕方までのご法話。  何百年続く報恩講を今年も皆さまとご一緒に勤めさせて頂きました。途切れさせることなく・・・・。

この報恩講と1月の御正忌の年2回だけ本堂内陣右余間に掛ける≪ 親鸞聖人四幅御絵伝 ≫。 聖人のご一生が一段一段の画で描き出された御軸。もっと古くからのものをお持ちの寺院もありますが、それでも当山の四幅は260年前に本山から受けたもの。それ以前の創建ではありますが、中々願い出て頂き受ける事が難儀だった時代であったことを思います。 この門をくぐって来られた時の皆さんのお喜びは如何ほどだったことでしょう。  御軸の到着を当時は住職はじめ門徒揃って門にならんでお待ち受けしていたものだ・・とのお話を聞いたことがあります。 

以来、260年毎年報恩講には懸念してみ教え伝えて下さった聖人を偲び感謝のお勤めをさせて頂いている・・・そう思いながらこの度も紐解き掛けさせて頂きました。  
そして、次の日には昨日のお座を思い出しながらひとりの本堂で、軸を下ろし巻き桐箱に仕舞い納めます。

次にこの箱を開けるのは来年1月と⒑月です。

西蓮寺十七代住職釈知浩

古書画保存修復師

緑に囲まれた山寺

  春 鳥の声、 夏 蝉の声
   秋 虫の声、 冬 雪の声
 
     ようこそ ようこそ 

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