7月最後の日曜日は西蓮寺が立つ栃ノ木集落の「 道うち 」の日。 
集落を通る2㎞ (3㎞あるか?)  の道を住民みんなで整備するもので、今は草繁殖旺盛のこの時期、道の両側の草刈りをする事になっています。
子供の頃は舗装されていなかった道。 轍が彫り込まれ穴ぼこだらけ、真ん中には草が生え ていましたから、道そのものを整備する「 道うち 」という言葉がついたのでしょうか。 今でもこの名で呼んでいます。     国道県道は国や県が見てくれますが、それより細い道は自分たちで何とかしないといけません。 日本全国どこでもある習慣でしょう。 

涼しいうちにと、早朝6時前 から2時間ばかりの作業。 昔は賑やかだった集落も今は6件。 少人数ではあまりに過酷な距離、一件ひとり出るところふたり出て下さるところを入れても総勢9名。  出来る事でけでも・・と老母も出てしゃがみこんで汗していました。

わたしの役目は刈られた草の後始末。 一日では出来るはずがないと、数日前から少しずつ刈って下さっていた草。雨でへばりついた落ち葉を金熊手でこさぎ取るように。    涼しかろうが早朝だろうが噴き出す汗は流れる流れる。

たまに手を休め辺りを眺めます。 『 ここにに家があった・・。 屋号は シミズ 。』   『 あそこには賑やかに家が並んでいた。 ・・屋号は オオバタケ ナカノヤ ウエバタケ フジヤ ・・。』  『 ここには ゴロー トチノキ。 』    ドウノウ・ケーバ・オツルダ・シモナガセ・カミナガセ・シンヤの前・シンヤの上・・・・・・・賑やかな集落でした。  わたしが知っている以前はもっと多く、田んぼに畑に川に山道に子供達の声で溢れていたに違いありません。    今は聞こえません。

綺麗になりましたでしょうか。 

へたり込んで頂く普段はあまり飲まないスポーツ飲料。  旨いのなんの ! 

今年も表装ご依頼いただき参加させて頂きました、≪ 現代日本画の試み展 ≫。 
今回は、参加10名の画家作品のうち6点作品の軸装を。 

京都会場は昨年に続き丸太町のMEISEIにて7月19~24日、昨日は最終日作品搬出の日。 そのあとのメンバーとの懇親会にお誘い頂き会話を楽しみに出かけてまいりました。 

毎回色んなお話が聞かせて頂き正しく学びの時です。 今回も紙の話・膠の話・画と向き合う方のものの見方のお話し・・・縦横に飛び交います。 

わたしも画を見て思い描いた事を語らせていただきます。 
広い海と空のブルーの中に小さく浮かぶ白い舟・・と思っていたら 『 浮かんでいるんじゃなく、沈んでいるんです 』  とお聞きしていた一枚の画がありまして。
・・・『 沈んでいる・・。 』 

その時頭に浮かんできたのは親鸞聖人のご和讃の一首。 < 生死の苦海ほとりなし ひさしくしずめる我らをば・・ >  この苦海の生を何とか泳いでいる、泳いでいるつもりになっているかも知れないわたしが、その実 沈んでいると。 沈んである事すら知らずに沈んでいると。 
『 それはどういう事ですか? 』   『 仏教で海って? 』 
色んな問を出して下さる皆さんに、なるべく仏教真宗の専門単語を使わずにたどたどしく お話するうちに、自分の中で新しい気づきが生まれる事があります。  あるんです。

みなさんにお礼を申しました。 『 え~なんでお礼言われるんですか? 』  と仰いますけど、そうなんです。

そう言えば今回のサブタイトルは [ 余白 ] 。 単なる空白ではなく余白表現の可能性を探ります、とあります。      一日一日ひと時ひと時の積み重ねの歩みの中で、何もない空白の時間に見えて、それは無くてもいい無駄な時間ではなくて、なくてはならない [ 余白 ] であったと発見出来る振り返りがあります。 

大阪会場 寿光寺 ・ 7月28~31日 (西成区玉出東2-9-29) 


知友・読売テレビの本間氏に招待状を頂いて奈良国立博物館へ。 
明日から会期の 『 忍性~救済に捧げた生涯~ 』 展に先立ち内覧会レセプション。 

テープカットに先立ち主催者の挨拶等の後、お勤めがありました。初めて会わせて頂く真言律宗のお勤め。 

美術品展示は実に多くの、普段目に出来ない忍性ゆかりの数々。  中でも鑑真和上の生涯を描いた 「東征伝絵巻」 全五巻 (唐招提寺)。 そして私事ながらよくお話しさせていただいているもので、文殊菩薩に寄り添う 「善財童子」 (唐招提寺)。  ゆっくり拝見いたしました。  普段目に出来ない逸品は他のものが多くあるのですが、わたしは・・という事で。

さて、忍性。 学生時代学んだ微かな記憶はそのお名前のみ。 お羞ずかしいかぎり。
鎌倉時代の真言律宗僧侶、慈悲の実践に生きた方。 資料によれば伽藍堂塔はもちろん、開いた湯屋診療所5か所・架けた橋189橋・堀った井戸33か所・病人貧者に与えた衣服33000着・・・。  特にハンセン病を患うひとを毎日背負って町まで連れて行ってあげていたという話には・・・・・。 今の時代にやっと解明されてきた難病、この時代どれだけ惨い日々を送らされていたであろう方々に寄り添う勇気に。   「菩薩」 とは、「勇猛」「勇気」 である。と言われた30数年前の先生のお言葉を思い出します。 

この世の慈悲には限りがある、切りがない。と、浅学にして浅く受け取ることしか出来ていないのに勝手に解釈し動きもしないのがわたしでないか。   せめてもと、そうせずにはおれないと走り回っておられた大先輩のご生涯に触れさせていただきました。    微々ながら。   そして、大事に。 

西蓮寺十七代住職釈知浩

古書画保存修復師

緑に囲まれた山寺

  春 鳥の声、 夏 蝉の声
   秋 虫の声、 冬 雪の声
 
     ようこそ ようこそ 

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