思えば、表装を 始めたのはもう20数年も前。 父と呑んでいる時の話がきっかけでした。
『京都でお参りに行ってて思うけど、法事の日でも 床の間に名号や佛語の掛け軸を 掛けておられる家…少ないんよ。』 『そうか。 田舎でも少ないからのお。』 『神様が誇らしげにかかってたり…持っておられないからかなあ仏事の掛け物。 お父さん ちょっとは書を書くんだから、書いてあげたら?』 『はっはっは。まあ、書いて渡した事もあるが ありがとうございますってタンスに仕舞って、そのまんまよのお。』 『そうかあ、軸に表装するのに だいぶ お金がかかるからなあ。』 『その事よ。軸にしてあげたら さすがに掛けてくださるだろうがなあ。……お前。 京都にいるうちに 軸装でも習ってくるか?』 『えええ~。…そうしたら お父さん 一生懸命に書くか?』 『おお。書く書く! 色んな文言書いて、掛けて貰った軸の前で その意味合いのお話もできるからのお。』 『そうやなあ。 自分の家にあるもののお話には、いつもより、聞く耳がひらかれるか…』 『その事 その事。お前も お話しろよ。』
な~んて話から ホントに師匠について習い始めたから 驚きです。
そのお蔭で、師匠や書家・画家の先生方 書や絵がお好きな方々 書画を大事にされている方々に、沢山出会えてまいりました。 嬉しい限りです。
ちなみに。 父が書いた仏語の書を 私が軸装して桐箱にいれて、西蓮寺にご門徒さまには もれなく、頂いていただきました、 平成14年の住職継職法要記念として。 先年8月 父はお浄土に還りましたが…家々、掛けて頂いてあるのを 見て、父との約束を 思い出します。 <おやじ! みんな 喜んでくれてるぞ!>
今日は一日中 表具三昧です。
六字名号等を 数枚裏打ちした後、さて。 裂地選びです。これが 楽しい苦しみ、いや苦しい楽しみ。
この作品には どんな裂地が合うか? 渋めに?爽やかに? そうそう 幅も決めておかないと。 裂幅で印象が随分変わるから…。 と なると、組み合わせる 中に回す裂地はどれに? こっち…いや こっちか…。
反物ひっくり返して 数時間腕組みする事もあります。 床の間の色や季節を 気にし始めたりと、考えすぎて わけがわからなくなり 『あ~~もう!』
と なることも。 そんな時は 夕方 仕事から帰ってきた家内<あまり家にいないので家外ともいいます>に 『いちおう試しに聞いてみるけど、これ どっちが合うと思う?』
と 上から目線で聞くと 『こっち。』 と即答。 しかも なるほど良さそうで…。
ひとに相談するって大事です。 見失っていたことを 見つけてくれたりします。
できたら 謙虚にお聞きしましょう…。
今日は大阪 守口市の難宗寺の報恩講にお参りさせていただきました。
弟が法務員としてお世話になって以来のご縁で、皆様にとてもあたたかくお付き合い頂いております。
特に、亡くなられた老僧には 沢山の言葉で大事な事を たくさんたくさん教えて頂きました。
それは 佛教の単語を使ったお話ではなく、ニコニコ笑いながらの 色んなお話です。
老僧の奥様、前坊守様、老僧からは孫にあたる若きご住職、若坊守様も お参りのお同行さま方も、あたたかくご挨拶 言葉をかわさせていただきました。
本堂に老僧が 座っておられる様に感じました。
『花びらは散っても 花は散らない。 形は滅びても 人は死なない。』
金子大栄師の言葉です。
亡くなられても、ずっと 働き続けておられる……そんな命のあり方を 今日も感じさせていただきました。