10月29日当山報恩講。 ご講師は遠方京都より中央仏教学院講師を勤められる正光寺・大八木正雄先生、ご無理申し出講頂きました。
雑草と見がちな私たち、ひとつひとつに名前がある野草のせめぎ合いつながり合って生きている言葉の無い世界での営みのお話。 
授かったいのちを< 我がいのち >と握りしめ老病をダメなものとしか受け止めず、繋がりある< 大きないのち >を見失う私に本来の歩みに立ち返らせる願いの声がある、とのお話。
堂内のひとりひとりに語りかけられるような終始穏やかなお話しぶりに、引き込まれます。  そうであっても、あの人はダメつまらない人間だと思う事があった時。そこに本当につまらない人間がいるのか、それともその人のいい所を見出せない自分がいるのか、よく考えてみなさい!・・との厳しいご指摘も頂戴いたしました。

昨年より多くのお参り、嬉しいかぎりです。
数日前から清掃のご奉仕に来ていただき、 <おひら> <おつぼ> の野菜の切り方・煮る順番も大先輩から教わりながら確認。   当日は早朝よりエプロン持参、おのおの仕事見つけては走り回っていただいた台所。  時間が空けば本堂聴聞に走られます。

小さな子も楽しそうにお手伝い。大事に大事にご飯を置く ぷっくらした手。  最後のお椀かたずけまでしてくれて、ちょっと一服。 
お手伝い誉めてくれる方々のお声がパワーの源です。  大事な思い出になってくれれば。

毎年恒例のご近所の[ 大河ドラマ案山子 ]もそろそろ幕引き。
まだ肌色の南天もそろそろ赤くなろうかと目論む頃。
次第に厳しい頃へと向かいます。みなさまのくれぐれものご自愛を念じ申し上げます。

掛軸にご縁となって頂いたこの秋彼岸でした。
19日には富山高岡市。高岡教区の有志坊守さまにお招き頂き高岡教務所にて「掛軸の取り扱いとその修復」について2時間ばかりお話させていただきました。15~6幅のお軸を持参して表装の種類・修復とはどういった作業を施すのか・その時期の見極め・応急処置でして良い事悪い事・お軸を傷めない最適な保管・・など。    途中で次々ご質問の手が上がるほど皆さん真剣にお聞き頂き、会の終わりには実際にご自坊から持参されたご本尊軸を広げて「とあるところで修復を断られたが修復可能か?した方が良いのか?・・・ちなみに ヒヨウは・・?」との積極的なご質問も頂きました。 
内陣・床の間、お寺に軸物は不可欠、というより宝です。寺宝。
新しいもの高価なものが、ということでなく。 それを迎えられた代のご苦労と受け継いでこられた代々の想い。 有難いご縁でした。

そのお軸達を車に乗せたまま20日、西蓮寺に帰山。23日の彼岸会では本堂に掛けながら色々なお話を。( いつもカメラはお任せしておりますが、この度は本堂内の写真はありませんでした。お昼食の様子とお帰りのご様子のみ。法座後夕方カメラ内覗いて苦笑。 いえいえ有難うございます。 ) 

そのお軸達を大風呂敷に包みまたまた車に乗せて24・25日と益田の龍光寺さま彼岸会のご縁。 全席ではありませんが特に2幅を。一幅は那須恵斎師の描かれた『阿難・舎利弗・大迦葉』。 
阿難尊者は涅槃図に描かれてあるエピソードから。師匠お釈迦様がお亡くなりになって気絶された阿難とはどんなお弟子さまであったのかを。 
智慧第一といわれた舎利弗尊者、その智慧とはどういうことかを< 壁を磨く絵師 >のお喩話から。 
大迦葉尊者、マハーカッサパ。唯一お釈迦様から身に着けておられる衣を受けたお方。どのように頂かれたのかそしてその衣を受け継ぐという意味と、最期その衣をどうされたのか。 

いま一幅は、金珉氏の描かれた『 白蓮華をたもつ観音菩薩 』。 
このお軸はスルスルと下ろし広げると「 おお~! 」「 まあ~! 」と感嘆の声が上がります。綺麗ですね、なんとも。 なんとも。  パッと目にした時 おお~ と思い、しばらく見つめるとまたじわじわ色んな感情が湧いてきます。
「 観音薩埵のかんむりに やどれる姿いとたえに 」「 観音頂戴冠中住 」自らの冠に常に阿弥陀仏を頂いておられる観音菩薩。頂く、とはどういうことか。 
「 白蓮華 」蓮の中でも真っ白な蓮、プンダリーカ分陀利華のこころ。
そして、「 散りゆくさきは大地なり 」   大地あればこそ。
いのち育む大地に。    後に歩む者の足をささえる大地になります。 

法座あとにお軸仕舞いに本堂内に入ったとき、ふたりのお同行さまがお軸の前で正座してじっと見上げておられます。     おひとりは、手を合わせながら見つめておられます。  しばらく離れたところからそのお姿を。
わたしに気づかれ、お礼申されました。    いえいえ、わたくしがお礼申し上げます。    拝

 

はや9月。西蓮寺では7月の安居会・8月のお盆ということで、相変わらず一か月に京都島根を4往復しておりました。島根ではお参りお勤め、京都ではお参りそして表装仕事。
今預かっているものに、とある尼門跡様の長年にわたり和歌をしたためられた短冊300枚があります。これを季節・テーマに分けて6冊の折本短冊帖にまとめるというもの。
これが中々に大変な作業で、 まず短冊に霧を吹いて裏の紙を全て剝がしてから  新しく裏打ちして  仮り張り板に張り込み乾燥。 はずして刃物で四辺を直線断ち。 台紙となる折本に張り込んでいくという作業。   あまりの数に・・・70数歳から10年間の間に詠まれたものでしょうが、、、。

表具も専門職人の分業世界。掛軸にしても表具裂地を織るひと、和紙を漉くひと軸先を彫るひと金具を打ちだすひと紐を作るひと。この度は折本を専門に扱っておられるところを探しました、今までにお付き合いの材料屋さんでなく、より専門のお店とじっくりお話したかったもので。 今の時代です、インターネットで数軒調べてここに行って相談してみよう!と、昨日いきなりの電話を今日のお時間を頂き訪ねて参りました。 飛び込みですね。

卸売専門で本来小売りはされていないご様子なので昨日の突然の電話では、何とか会って頂く時間つくっていただいたのが精いっぱい、さてどのようにこちらの意図を伝えようか、はたしてあっさり断られるんじゃなかろうか・・と不安ながら事務所のドアを。人間、「会う」というのは有難くも大事と改めて実感したのは担当の方の電話口以上にあたたかなご対応。細かい希望に丁寧に耳を傾けていただきます。 

ひとしきり相談していると奥から「ご挨拶いたします」と女性が。名刺頂くと社長さま。「5分ばかり同席させて頂きたく思いますが、よろしいでしょうか。」
もちろん喜んで、と申してサンプルに持参した短冊を。 「この歌は何方が?」実はこれこれこうで。お寺から頂くお仕事が多いんです。 「はああ、そうですか。」 余談ながらわたしも僧籍ありまして浄土真宗本願寺派、西本願寺の僧侶なんですよ。 「え! まあビックリ。わたしも真宗なんです。仏光寺派ですが。」 そうですかそうですか。仏光寺派のお寺さまにもお知り合いがあります、本山前の大善院とか。 「 え! わたしそこの門徒です! まあまあ。 」 え!佐々木ご住職のところですよ。 あそこの <お寺ハウス> で表装個展させて頂いたことあります。 [ 2011・10 住職あれこれ 参照 ] ご住職も坊守さまもホントあったかい方で、色んな活動されてますよねえ。 わたしはお寺、島根なんです。島根のお寺の住職なんです。  「え! またまたビックリ。なんてご縁。じつは・・云々・・。」 は~こんなこともあるんですねえ。 いや、ホームページで石州半紙がちらりと写っていましたが、あの町なんです。久保田さんとか西田さんが漉いておられる・・。  「 え! 西田さん。あそことはうちは・・云々・。」 え! とすると・・云々・・。

「 こんな事ってあるんですねえ、ご縁。 わたし出てこようとは思っていなかったんですが、何かに押されるように出てきてしまったんです。 スミマセン、打ち合わせお邪魔しました、引っ込みます。 ホント ご縁です。 これからもよろしくお願いいたします。」

こちらこそ、よろしくお願いいたします。 

ひとはどこでどう繋がっているか分からないものです。そうです、そういうことに出会って驚いてそういいます。今回も久々に驚きました。 
目を閉じて思うに、どこでどう繋がっているか・・というより繋がりがわたしのこの目に見えて把握出来ていないだけで、もともとしっかりしっかり繋がり続けてあるのでしょう。  それがたまに言葉を通して目に見えてビックリさせられるんでしょう。  もともと、あるんですよ。  ね。

今日今回は何より、「 ご縁ですねえ。」って驚くほど喜んでくださった姿が立ち上がりたくなるほど嬉しかったです、わたしは。   わたしもそうあろう・・って思いながら帰路につきました。  ありがとうございました!

西蓮寺十七代住職釈知浩

古書画保存修復師

緑に囲まれた山寺

  春 鳥の声、 夏 蝉の声
   秋 虫の声、 冬 雪の声
 
     ようこそ ようこそ 

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