最初のご相談から一年以上でしょう。以前から表装のお仕事をさせて頂いていた京都・祐西寺の前住さまが「本堂内陣の格天井に私が画を描く」と。
何を描くか、どう描くか、どう進めるか・・色々なお方に相談されながら。当初は華をお考えの時もあったでしょうか、そのうち菩薩の画にしようと思うと。80数枚ありますから80数種類の諸菩薩のお姿をと。    そしてまたそのうち、通われている勉強会にて龍谷大の鍋島先生のお話を聞いて「全てを龍樹菩薩にする」と。蓮の花びらの中に蓮を手にされている龍樹菩薩を描くと。

わたしには先ず厚さ4㎜の板80数枚が渡されました。それの表裏両面に糊を引いた和紙を貼ります。そうしておかないと画が描かれた鳥の子紙を貼りこむだけだと、片面に糊の持つ水分が入って板が曲がる可能性がありますので。
十分乾燥させて数か月した頃ご住職が一枚一枚丁寧に描かれた画が少しずつ届いて来ました。繊細な線、一度に描かれるはずなく時間をかけて大変な作業である事は察するにあまりあります。  目を少々患っておられる前住さま・・・。 「これがわたしの最後のお荘厳」と仰っていました。

さてさて。 やっと全て整い、[散華光放射図絵]と名付けられた天井画の≪ 内覧の集い ≫を催されました。  着想・縁起・協力者そして写真を入れた冊子を用意され、法義指導の鍋島先生・美術指導の花山先生・ご法友方の中に私もご招待頂きました。

本堂にてお勤め焼香の後、内陣に上げて頂き拝見させて頂きました。  正しく散華。 携わらせて頂いたとはいえ、初めて目にする感がありました。 
お昼食のご接待までいただきました。さまざまな話題飛び交う7人での和やかな時間を頂戴きました。  その席にて発声の鍋島先生のお言葉の中「龍樹菩薩は蓮を手持っておられる。その蓮は一輪咲いていて一輪は蕾である。あたかも《空》を説かれた事を表してあるかの様に。偏らない・とらわれない、自由である事を示されてある。咲いていても良い・蕾のままでも良いと。」 

ご住職・坊守さまも揃ってのご接待を頂きました事、恐縮しつつも。
前住さまの思いを今一度教えて頂いた日でありました。

( 最後の写真は、西蓮寺内陣の七高僧軸にあらわされてある龍樹菩薩です )

この連休も行ったり来たり走り回っておりました。「住職あれこれ」ならぬ「住職あちこち」といったところでしょうか。
その中でもひとつの大きな出来事は昨年亡くなった叔父の西蓮寺への納骨でありました。

8人兄弟姉妹であった父の一番下の弟( 男4人が亡くなり、今男1人・女3人がいてくれてあります )、大阪・茨木市で暮らしていました。79歳。いつ出会っても穏やかで小さい時から大変お世話になった叔父。  家族一緒であったりひとりであったり、よく帰ってこられていました。 納骨の5月4日には、大阪府・神奈川県より叔母さん・息子家族・娘家族の7人揃ってのご参拝でした。本堂にてお勤めのあと裏山の正面< 無礙道 >と彫られた墓所に遺骨を納めて皆でお参りいたしました。いいお天気でした。

30年も前に祖父が私に言った事を覚えています。
「わしとおばあちゃんはあんまり長くない。お前のお父ちゃんも順番にいったらそのうち居らんようになる。その時じゃ。   大阪京都にお前の叔父さん叔母さんらがおろうや。 あれらはよう帰って来てくれるが、親のわしらが居らんようになったら帰りにくくなるかも知らん。まだ兄さんが居ったらまだええが、それも居らんようになったらいよいよ帰りにくくなるかも知らん。その時じゃ。   ええか。  あれらが帰ってきたら、お前は『 お帰りなさい! 』言うて迎えてやってくれえのお。 『 いらっしゃい 』じゃのおて『 お帰りなさい 』言うて。
あれらはここで生まれたんじゃけえの。 お帰り、いうて迎えるもんが居らんと寂しいけえのお。  あれらはここに帰ってくるんじゃけえのお。 」

30年経ってもまだ覚えています。叔父叔母が帰ってくる時にはいつも思い出します。

< 帰るところ >は大事です。今日帰る家、そして人生終えていのち帰するところ。
帰るところと聞くと、仏さまの願いの声を重ねて思います。 ≪ あなたのいのち帰るところはここですよ ≫ ≪お願いだから帰って来ておくれ ≫の声です。

死んだら終いで何にも無くなるだけ、だからこそ生きてるうちに楽しむだけ楽しんでおかなければ。という方ありますが、本当にそうでしょうか。目をそらし考えないようにしていたとして、その楽しみは本当に楽しいでしょうか。
旅行にいってどれだけ美味しいご馳走を食べ、いいお湯に入って珍しい風景を見ても、帰るところあっての事です。あなたこの後どこに帰られますか?と聞かれ「さあ、どこでしょう。」「帰るところなんかありません」というひとは、楽しんでいるようでその奥に不安が常にあって実は楽しめていないでしょう。   ( 家に帰って、ああやれやれ。家が一番って言うのは又少々別としても )

楽しい事をしても家に帰っていき、辛いことがあっても家に帰っていきます。帰るところあってこそ、楽しい事も辛い事も本当に自分のものになる自分のものと受け止めていける。全てが何一つ無駄な事なく自分の人生の荘厳に育てあげられてゆく。

叔父にはもちろん大阪に、家族で築かれた毎日帰っていく大事な家庭がありました。そこも待っているひとのいる大事な帰っていくところ。 そしてここ西蓮寺も帰るところに間違いありませんでした。
「 お帰りなさい、叔父さん 」と思いながらお勤めさせて頂きました。

まとまらない事を書いてしまいましたか。
もう少しゆっくり時間をかけて、色々な言葉をたよりとしながら思いを深めます。

もう随分長くお付き合い頂いていると思います。本願寺前、八田保商店さん。
香の香りのする中、店主・奥さんそしてお母さんが念珠を繋いでおられます。皆さんとても穏やかな気持ちのいい方。   表具の仕事で伺う事が多いのですが、話の合間に店内にある種々の念珠を眺めるのも楽しみです。珍しい木実や石玉のお話も聞かせて頂きながら。

この日も表具の事で伺いましたが、『 そうだ、これなんかはどう思われます?正直なご感想を。 』と店主が奥の作業場から出してこられました。ハウライト(だそうです)の小玉が気に入って数連分仕入れられたとの事。 それをルチルクオーツ(金線入り水晶、だそうです)で仕立ててみたと。 

夏に似合いそうな白、珠一粒一粒が持つ微妙な表情。小粒というのが上品です。長く編み込まれた紐は3種類、  白珠が持つ文様の色を使った紐・・・・見事!  センスいいですね、店主。
限定品にてあと数連のみしか仕立てられないそうです。

30年以上前、亡父から切れた念珠の繋ぎ方と紐の編み方を教わって以来、実に沢山の念珠を繋いできました。切れたご縁で紐を工夫してオリジナルにしてみたり、叔父がインド・中国から持ち帰った大量の珠を仕立てたり。   そのうち、海外に旅行する知人に安価な首飾りを買ってきてもらって念珠に仕立て直す面白さに目覚めたり。
気づけば随分な量が手元にあります、材料。 

そのうち又ぼちぼち繋ぎましょう。 陽あたりのいい縁側にすわりながら。 

綺麗な念珠を見せてもらい、思い出して久々に材料袋に手を突っ込んで色々触ってみました。

住職釈知浩 (栗山知浩)

平成14年・西蓮寺十七世住職継職
古書画保存修復表具師でもあり、島根と京都行ったり来たり。

山に囲まれた小さなお寺。
たまに人が集まり、タヌキも集まり…
あなたもそこに仲間入り、ようこそ。

メッセージ・お問い合わせは
zikutomo@khh.biglobe.ne.jp まで。

Copyright © 2010 Sairen-Ji Temple. All rights reserved.