

作夜、帰山。 今日の午後 宮が迫集落の庵( お仏壇のある集会所 )にて 報恩講。
正信偈のお勤め後、40分のお話を2席。 集落の行事ですので、嫌でも?座っていなければ・・というお方もあるでしょうか・・? 「 牛に引かれて善光寺 」 って事もあります。 どこかほんの少しでもお耳に・・と願いながらお話します。
けれども、お昼過ぎて 暖かい会場で 正座でなく椅子席で、よくわからない話を 穏やかにゆっくり・・・。
『 寝ろ~・・寝ろ~・・。 』 と聞こえておられるに違いありません。 アッ 寝てるな。 ・・・寝たな。
分りますよ、私だって話してなかったら寝るでしょう。 ・・かな?
気持ちよく寝かせてあげてもいいんですが、私はイジワルなんで 起こしにかかります。
『 十悪。 わたしの身に3つ、意(こころ)に3つ、そして口に4つの悪があります。 そのなかで 口の悪のひとつ <両舌>。 二枚舌を使うという事です。 ・・・・京都で、あるお家にお参りしました。
とても上品な若奥さんが迎えてくださいます。 いつも丁寧に にこやかにお話して下さいます。
「 今日もお暑い中有難うございます。 お待ちしておりました。 どうぞ ゆっくり冷たいお茶を召し上がってから・・。」 「 はい、ありがとうございます。」 そしてお勤め。 後ろにきちんとお座りになりました。
少しして 携帯電話が鳴り、奥さん 部屋を出られて 「 もしもし? 」 ・・・お勤め中でもありますし聞くつもりも無いのですが 聞こえてきます。 ・・・・・「 えっ、今? ああ、坊主 来とおんねん。 」 え? ぼ・・。
「 ああ、どおもない どおもない。 すぐ 帰りよるし。 」 ・・・え? か・帰・・。
お勤め終わって 恐る恐る振り返ると、にこやかな 上品な奥様が 「 どうも ありがとうございました。」 深深とお辞儀。 ・・・・・・こ・・こわい。
これが 両舌ですね。 あちらとこちらで 顔が違う、言葉がちがう。 これかあ・・と思いましたねえ。 』
起きました。 起こしました。 さあ、もう少し起きてましょうね。
せっかくの < 善光寺 >。
< 華葩 > 。
法要儀式の時、勤行しながら僧侶が< 散華 >します。 花びらを散らします。 多くの場合本物の花びらではなくて、紙製の花びら。 そこには、様々な画が描かれています。 法要記念にお配りされる事があり、経本の栞にされている方をよく見受けます。
去年から勤められていた 西本願寺での < 親鸞聖人750回遠忌法要 > でも 散華されていました。 4・5・6・9・10・11月、そして今年1月と、月ごとに画の違う華葩が使われていました。 法要に出勤された僧侶には記念にその月の華葩が渡されていました。 毎月の法要に全て出勤された方は 7枚 の華葩がお手元にあるわけです。 何人かの方がそれを < 額装 > にされるという事で、そのご相談で本願寺からお声がかかりました。 額・裂・その大きさなど いろいろにご提案して話し合っております。 『 余っていたら下さい 』 などと言えるはずもない貴重な記念です。
2年前でしたか、1500人会場 (島根) での法要でイベントとして仏画 ( もしくは、その香りのする画 ) を陳列し、その画をもとに物品販売をする企画に携わりました。 カレンダー・ポスター・絵葉書、そして 華葩。 紙でなく、スケルトン・・半透明のものにしたくて 韓国で作ってもらいました。 3枚セットにしましたが、なかなか評判良くて お一人で80セット求められた方もありました。
プレゼントに使うとの事で。
このスケルトン、ちょっと面白くて 手のひらに乗せて温めると蓮の花びらの様に反ってきます、ユックリと。
そして、驚くことに ひっくり返して手のひらに乗せているうちに、反対にユックリ反ってくるんです。 あたたかさで形を変える・・・・って なんともいいでしょ?
残念ながら ハッと気がつけば、もう あまり手元に残っていないではないですか。 そうそう大量に作る企画もないでしょうからねえ・・。 なにせ 韓国ですから。 ・・・でも、次の機会があれば、やってみたい画のアイデアは渦巻いていますが!